ドライアイスは次なる「パンデミック」の特効薬なのか(IISIA研究員レポート Vol.42)
インド勢において「ムコール症」患者が急増している。
去る(2021年)5月26日までに確認された症例は1万2000件近くに上り、各州が緊急措置を命じている。
ムコール症はパンのカビを含む、ケカビ目に属するカビを吸い込む(まれに皮膚の傷から体内に侵入する)ことにより引き起こされる感染症である(参考)
鼻脳(鼻・副鼻腔・眼・脳)、肺、皮膚への感染がみられ、抗真菌薬の投与や病巣の切除といった積極的な治療を行っても致死率は54パーセントに及ぶ。
(図表:ケカビ属)
(出典:Wikipedia)
原因となるカビは環境中に多数存在しており、誰もがこうしたカビの胞子を絶えず吸い込んでいる。しかしムコール症は世界中で見られるものの発症頻度は高くない。
これらのカビが感染症を引き起こすのは、基本的に以下のいずれかに該当する場合と考えられている(参考):
・糖尿病が適切にコントロールされていない
・薬(ステロイドなど)や病気(白血病など)により免疫機能が低下している
・鉄過剰症の治療にデフィロキサミンを使用している
インド勢における今次ムコール症の流行は、新型コロナウイルスによる感染症からの回復期にある人及び回復した人の間で起こっている。
このことからインド勢において新型コロナウイルスに対する治療で投与されているステロイドがその要因として指摘されているのである(参考)。
そもそも新型コロナウイルス感染患者に対するステロイド治療については、世界保健機構(WHO)が昨年(2020年)9月2日に発表した改定ガイドラインにおいて推奨されている(参考)。ただしこれは重症患者に対して7日から10日間の間投与することを推奨するもので、非重症患者には効果が期待できず副作用の可能性もあるとの注意を促している。
我が国でも中~大量のステロイドが治療に用いられている(参考)。指摘されている通りステロイドが危険因子となっており、原因菌が世界的に存在することに鑑みれば、ムコール症の感染拡大は全世界的な問題になり得ると言える。
ムコール症は上述の通り適切な治療をしても致死率が54パーセントに及び、適切なタイミングと方法で治療を受けなければそれは94パーセントにまで上がることもあり得る、と指摘されている(参考)。
ムコール症の治療としては、病巣切除の他に抗真菌薬である「アムホテリシンB」の静脈注射などが用いられる。
実はアムホテリシンBは冷凍(ドライアイス輸送)が保存条件とされている(参考)。
ここで注目すべきはドライアイスである。
ドライアイスや炭酸飲料に使われる液化炭酸ガスは主に原油の精製過程で副産物としてでる気体の二酸化炭素を利用して作られる。「脱炭素化」などによるエネルギー需要の変化を受けて従前より液化炭酸ガスの原料不足が指摘されてきた(参考)。
(図表:ドライアイス)
(出典:Wikipedia)
我が国でドライアイス製造を手掛けるのはエア・ウォーター社(4088)や日本酸素ホールディングス(4091)など「ドライアイスメーカー会」に参加する企業や岩谷産業(8088)など数少ない企業で、供給不足分については韓国勢からの輸入に頼ってきた。
しかしよく知られている通り新型コロナウイルスに対するワクチンについても、米ファイザー社製ではマイナス75℃前後、米モデルナ社製はマイナス20℃前後での保管が必要であり、輸送・保管にドライアイスは必須である。
他方でドライアイスはマイナス79度を上回ると気化してしまうため備蓄にはコストがかかることからそもそも在庫がほとんど存在しない点も特徴である。
新型コロナウイルスのワクチン接種の進展に伴いドライアイス需要が増加するのは韓国勢でも同様と考えられ、我が国における需要に見合う輸出がなされるのか懸念される。
こうした点に鑑みると、我が国において新型コロナウイルスのワクチン接種を進めるためにはドライアイスの供給は重要な課題となろう。
他方でワクチン接種がひと段落すれば、ドライアイス需要は落ち着いてしまうだろう。
先述の通り備蓄にコストがかかることから、在庫はあまり持たないのが通常であることを考えると、過剰な生産設備はコストとなる。
こうした中でもしドライアイス輸送を必要とするアムホテリシンBが大量に求められる事態になるとすれば、ドライアイス需要は再び盛り返すだろう。
今後のワクチン・マーケティングの進展及び新型コロナウイルスの感染(治療)に伴う新たな感染症の拡大がドライアイス需要を拡大させるのか。引き続き注視していきたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す