人道支援と宗教(IISIA研究員レポート Vol.5)
今年(2020年)の世界人道デー(8月19日)に寄せたメッセージでアントニオ・グテーレス国連事務総長は、新型コロナウイルスによる世界的な危機とそれに伴う人道ニーズの大幅な増加という現状に触れ、人道支援従事者への感謝を述べた。
人道的危機にある人々がおかれている地域を統治すべき国家が人道的危機に十分に対応できない場合に人道支援を行うアクターとしては、外国政府もしくは非国家主体(赤十字国際員会、国際機関、非政府組織(NGO))が挙げられる。
(図表:人道援助)
(出典:Wikipedia)
中でも「赤十字国際員会(ICRC)」の誕生(1863年)は、国際的な人道支援と国際人道法の発展に多大な影響を与えた。初めて「国際」を冠する団体として赤十字国際員会が誕生すると、翌年には傷病兵保護を規定するジュネーヴ条約が欧州12か国間で締結され、これが現在の武力紛争の犠牲者保護を目的とする国際人道法の原点となった。
現在では190か国にのぼる加盟国を持ち、国家・宗教・思想を超越した機関と捉えられている赤十字国際員会であるが、成立以来宗教的要素が長らく問題となってきた。赤十字国際委員会が誕生したのがカルヴァン派プロテスタント発祥の地であるジュネーヴであったことでヴァチカンからは猜疑の目が向けられ、更には1865年にキリスト教文化圏以外で初めてジュネーヴ条約に参加したオスマン帝国政府はイスラム教徒の兵士が嫌悪感を覚えることを理由に「赤十字」標章ではなく「白地に赤新月」標章を使うことを通告した(参考記事)。1906年のジュネーヴ条約において赤十字紋章に宗教的意味がないことが明記されたものの、標章における宗教的要素をめぐる問題はその後も続き、その最終的な解決は2005年にイスラエルが「赤のクリスタル」標章を使用することを認めるジュネーヴ第三議定書を批准し赤十字国際員会に加盟するまで待たなければならなかった。
(図表:国際赤十字・赤新月運動)
(出典:Wikipedia)
近代「人道」支援は西欧文化圏に始まり、それが他国への介入の必要時十分要件と理解されてきた経緯がある。そこには当然に「人道」が守られるべき価値であるとする共通認識が前提とされる。それは多分にキリスト教的価値観に裏打ちされているのではないか。
国際機関や赤十字国際員会のレヴェルにおいてはそうでなくとも、人道支援活動を展開するNGO団体には、キリスト教の信念にもとづく団体も多い。例えばCatholic Relief Services(CRS)、American Friends Service Committee(AFSC)、World Council of Churches、World Vision、World Concern、Adventist Development & Relief Agency(ADRA)、Caritas、The Lutheran World Federation(LWF)、Lutheran World Relief等は宗派は異なるもののキリスト教の教義にもとづく団体である(他にユダヤ教の価値観にもとづく活動を行うAmerican Jewish World Serviceなど、キリスト教以外の宗教にもとづく団体もある)。
例えばCRSは、 “Catholic” Relief Servicesの名の通りカトリックの教義に基づく団体である。新型コロナウイルスにより人道支援が多大な影響を受ける中、アフリカ40か国に展開し活動を続けている。
また、北朝鮮勢のような「独裁国家」においては宗教団体による支援が人道支援の最後の砦となっているケースもある。国際社会の北朝鮮勢に対する支援は長距離ミサイル開発等に対する制裁として縮小され、さらに草の根の人道支援も実際には支援物資が貧困の中にある人々にわたっていないことなどを理由に撤退した。北朝鮮勢に対する国連の支援額は3900万ドル(2018年)となっているが、対して米国勢のキリスト教団体は年間およそ1000万ドルの支援を提供しているとされる。
宗教的信念に裏打ちされているからこそ、困難な状況にあっても支援を続けることができるという側面もあるのかもしれない。そこには「敵を愛する」というキリスト教の教えも強く反映されているだろう。一概に、宗教的思想にもとづく人道支援が否定されるべきではないかもしれない。人道支援と宗教を巡る問題は、2001年の米国同時多発テロ以降ことさらに宗教的対立が強調される中で、今一度問い直すべき視点であろう。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す