中国の極超音速兵器は「ゲームチェンジャー」になるのか(IISIA研究員レポート Vol.62)
去る10月下旬、米軍制服組トップであるマーク・ミリー(Mark Milley)統合参謀本部議長はブルームバーグとのインタビューにおいて、中国勢が極超音速兵器実験を実施したことを初めて公に認め、この時のコメントが物議を醸している。
ミリー氏は、この実験の実施について「我々が見たものは極超音速兵器システムの実験という非常に重要な出来事だった。大変懸念している」と述べた上で、実験は完全に「スプートニク・モーメント(Sputnik moment)」といえるのかどうかはわからないが、それに極めて近いと表現したのである。「スプートニク・モーメント」とは、去る1957年にソ連勢(当時)が米国勢に先駆け人工衛星「スプートニク」を打ち上げたことで宇宙競争分野においてリードし、米国勢に脅威を与えたという一件に由来し、米国勢が軍事的な開発競争に敗れて後塵を拝しているという状態の危機感を表す言葉として、しばしば用いられる。中国軍が今年(2021年)夏に、核弾頭も搭載可能な宇宙空間の軌道上を周回する極超音速兵器の打ち上げなどを含む実験を行ったとみられてきたが、米国勢政府関係者はこの件について直接的には認めてこなかった(参考)。
(図表:マーク・ミリー米統合参謀本部議長)
(出典:Wikipedia)
極超音速兵器は、非常に速く、かつ低高度で飛行し、高い操縦性も有するため、既存のミサイル防衛システムによる迎撃が困難と考えられているものであり、南極上空や米国勢によって配備された北半球のミサイル迎撃システム周辺に核弾頭を送るために用いられる可能性がある。米国勢が持つ既存のミサイル防衛システムが無力化されるとなれば、これまでの米中の軍事バランスを大きく転換させる「ゲームチェンジャー」となりうるのであり、米国勢にとっては是が非でも避けたいシナリオであるとして危惧されているのである。
(図表:極超音速兵器の非放物線軌道)
(出典:Wikipedia)
しかしながら、こうした見立てに懐疑的な意見があるのも事実である。米安全保障問題分析サイト「War on the Rocks」は、極超音速兵器の開発に向けた試みは、中国勢だけによって進められているわけではない点を指摘し、極超音速兵器の開発は、特別に新しいことではなく、冷戦時代から米ソ両国勢で計画が進められ、現時点では、中国勢、ロシア勢、米国勢が極超音速兵器を開発している点にも着目している。また、既存のミサイル防衛の影響を受けにくいとされている点については、極超音速兵器は速いと言われているが、飛行全体における平均速度は弾道ミサイルよりも遅く、操縦される場合はさらに遅くなるという点、また、弾道ミサイルであっても既存のミサイル防衛システムを回避できる可能性が高いという点を指摘している(参考)。
では、なぜ米国勢はここまで声高に中国勢の極超音速兵器について言及したのだろうか。そもそも、ミサイル発射実験を国際間で網羅的に禁止する決まりはなく、北朝鮮勢が非難を浴びているケースの根拠となっているような個別の問題について出された国連安保理決議や、中距離核戦力(INF)全廃条約のような二国間での取り決めがあるのみである。ここで注目すべきは、上記で指摘したように米国勢も同様に極超音速兵器の開発を試みているという事情である。具体的にはロッキード・マーティンやレイセオン・テクノロジーズなどの企業が開発に取り組んでいるが、開発過程では様々な課題もあるとみられている(参考)。開発を進めたい側にとっては、難題があろうとも、いかにこの兵器開発計画が有意義なものであるかを強調することによって、開発計画を継続したいはずであり、その中で噴出した動きが中国勢も同様な兵器開発実験を行っているという脅威論だと捉えるべきではないだろうか。
さらにいえば、このような米中間などで繰り広げられる兵器開発競争は、米国勢と同盟関係にある我が国にとっても「対岸の火事」ではないとみるべきである。昨年(2020年)、米国勢は最新鋭ステルス戦闘機F35を我が国に約2兆4800億円で売却を決定したが、異例の規模に膨らんだこの計画に疑問の声が上がったばかりでなく、さらに戦闘機にかかる運用コストの増大も指摘されている(参考)。米大手兵器開発企業の多くが常に視野に置くのは我が国というマーケットであり、我が国において高額な売却計画を実現して、その価格を基準としてさらに数多くの国々に売却していくことこそが開発企業にとっての関心事なのではないだろうか。こうした高度な技術を用いた兵器開発競争の結末は、我が国にとっての多額な財政負担となる可能性があるという点を我々は念頭に置いておかなければならないだろう。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
倉持 正胤 記す
前回のコラム:米医療保険制度という「アキレスの腱」~我が国の政策論争への影響は~(IISIA研究員レポート Vol.60)