バッカスたちの見果てぬ夢 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)
今、愛媛県・松山にある道後温泉でこのコラムを書いている。かつてふらりと立ち寄り、以後懇意にして頂いている御店が7周年を迎えるとのことであったのでお祝いに来たのである。バッカスたちの饗宴ではないが、共に祝するお客たちと共に久々に心から和やかな一時を楽しんだ。
そうした中、ここに来てしばしば聞くようになった言葉がある。7年前、すなわち「リーマン・ショック」(2008年秋)が発生する直前に開業され、その直後から押し寄せた荒波を乗り越えたこの御店に限らず、我が国の様々なところでこんな声を聴くのである。
「リーマン・ショック(2008年)に東日本大震災(2011年)。あれほどの津波をよく乗り越えてきたものだ」
「法人」とは自然人同様、生き物である。生まれ出ずることもあれば、同時に死にゆくこともある。事実、これほどまでに未曽有のリスクが炸裂する中、多くの「法人」がその存在を我が国において消し去って行ったのである。これは事実だ。
翻って考えてみるに「法人」というとその直前の時期まで大流行だったのが「投資事業組合」すなわち”ファンド”のようなものであった。LLCやLLPといったものもしばしば語られていた。特定の目的のために自然人(=同好の士)が集まり、短期間でその事業目的を達成し、収益を獲得したらばそれで速やかに解散するというわけなのである。「ITバブル」や「不動産証券化バブル」の中で2度、3度とこれを繰り返すことによって個人としては有り余るほどの資産を形成した方々を私は数多く知っている。
しかしそうしたクラブ活動のような企業は上述の二つの荒波を経た今、もはや存在していない。そうではなくて、決して派手ではないし、収益も莫大な儲けが短期間で得られるわけではないが「どっこい生きている」といった感じの企業がいずこでも生き抜いて来ているのである。
そもそもビジネスには3つのパターンがある:
―イノヴェーション:「0」から付加価値を作り上げる
―顧客対応:顧客との関係を深掘りし、顧客生涯価値(Life Time Value, LTV)を最大化する
―インフラストラクチャー:他者がビジネスを行う際に必ず使うインフラを握る
金融資本主義が跋扈し、激しいヴォラティリティにさらされている今、最初のオプションである「イノヴェーション」で生き抜くのは実に大変なことである。激しいヴォラティリティの中で実体経済は委縮し、疲弊しきっている。そもそも需要が大幅に低減しているのである。その中でどんなに新たな付加価値を創り出したところで、そもそも買わない人たちばかりなのである。したがって第一のオプションをやり遂げるにはそもそも巨額の資産を握っている必要が出て来る。
そこで米欧の企業群がどうしたのかというと、第2のオプションと第3のオプションをまずは洗練するところから着手したのである。その際、キーワードは「情報化」であり「IT化」なのであった。
まず第2のオプションである「顧客対応」という観点で用いられたのがCRM(=Customer Relationship Manegement)だ。それまでは顧客対応というと担当の者が文字どおりの「人力」で行って来ていたのが現実であった。クレームがあったらば即時に現場に出向いて謝罪し、対応する。要すればサーヴィスを軌道修正し、製品を補正する。これを現場レヴェルで巧みに、しかしアドホックかつ非組織的に行って来たのが我が国企業だったのである。
これに対し、米欧勢の企業は違った。「情報」という切り口から事態をとらえなおしたのである。ここで誰しもが考えるはずなのが「情報の大量収集と分析」そしてその「効率化」だ。だがこれを「人力」で行ってしまっては固定費がかかってしまって仕方がない。つまり限界費用がいつまでたっても下がらないのである。そこで米欧勢の企業は「IT」をここで導入した。顧客からの声を全てデータとし、電気信号として処理することにより、大量かつ効率な対応を行うに至ったのである。
最近、盛んに言われ始めている「モノのインターネット(Internet of Things, IoT)」も基本は同じである。エンドユーザーの手元に届くモノそのものに発信源を設けることで、それがどのように使われているのか、またそもそもどうやって買われているのかのデータをリアルタイムで把握するのである。これをCRMやイノヴェーションに即時に役立てていく。3Dプリンターがこれに加われば、モノづくりは最初のプロトタイプを除くと、後は顧客との接点情報を通じて自動化する可能性が出て来る。
しかもとりわけ米国勢は第3のパターンで「インフラストラクチャー」についても余念は無かったのである。「IT」や「エネルギー」といったインフラについては決して他者の追随を許さない地位を築き上げ、かつそれを守り続けている。すなわち誰しもがビジネスを行う以上、米国勢の”お世話”になる形を作り上げたのであり、そこでは全てがデータ化されるのである。
地面が崩れそうになったらば飛び上がって別の地面を求めなければならないように、米国勢がこのビジネス・インフラを意図的に入れ替えると、私たち日本人は自動的にアクションをとることを求められることになる。ITがその典型であり、ヴァージョン・アップに次ぐヴァージョン・アップを余儀なくされているのだ。もはやこの呪縛から逃れられないように思えなくもない。
そしてこのような施策を通じて世界中で蓄えた莫大な富を用いて、米欧勢はこれまた世界中においてイノヴェーションを行うことが出来る人財(イノヴェーション人財)を必死になって集めまわっている。そこで選ばれし者は最高の研究環境を与えられ、思いつくままに研究・開発に励むことになる。それがまた成果をもたらし、莫大な富を米欧勢にもたらしていく―――。
こう書いてくるともはや我が国企業がかつての栄光を取り戻すことは原理的にありえないかのように見える。いってみれば「完封負け」である。もはや手も足も出ないのである。だが、本当にそうであろうか。
私は実のところ決してそうだとは思っていない。なぜならば米欧勢のこうしたやり方には大きな落とし穴があるからだ。それはますます加速しつつある地球環境の激変に伴う、強烈なデフレ縮小化の進行である。なぜこれが米欧勢にとって大きな「落とし穴」になるのか。
米欧勢が上記のとおり打ってきた一連の施策はインフレ拡大経済を前提としている。拡大しても固定費が上がらず、限界費用が低減することがそこでの窮極の目標とされているからだ。しかしデフレ縮小化となると話は違ってくる。拡大しようにもマーケットは縮小する一方であり、かつ消費者である私たちはますますモノやサーヴィスを買わなくなってくるのである。イノヴェーションを繰り返しても、徹底したCRMの使用で顧客対応を行っても、はたまた異様なほどの回数のヴァージョン・アップをインフラについて強行しても、買わないものは買わないのだ。話題にはなるかもしれないが、そもそも買われないのである。その結果、完封勝ちと見えたここにきてのゲームで米欧勢はまさかの敗北を喫することにこれからなってくる。実に「まさか」なのである。
我が国企業が生き残るだけではなく、勝ち残るための秘訣は正にここにある、と私は考えている。キーワードは「増収増益」ではなく、「減収であっても増益」である。米欧勢が提供し続けることになるビジネス・インフラやCRMを巧みに利用する中で、彼らを超えるべく、デジタルではなく、「超アナログ」なやり方でこれを実現していくのである。規模こそ確かに小さいかもしれない。しかしデジタル化されたデータは所詮「データ」であり、最後に勝つのは人と人との触れ合いを現場で求めるアナログの世界なのである。とりわけ購買力のある顧客であればあるほど、そうした対応を求めている。
「情報化」で広くあまねくデータを集め、これを分析し、拡散していくのではない。そうした「押す」やり方ではなく、「ここに来て、この人からでないと財・サーヴィスの提供が受けられない」という「引くやり方」に徹底するのである。何せ相手はそもそも顧客でありたいと思っている者しか来ないのであるから、あとは懇切丁寧にLTVをあげていけば良いということになる。大事なことは「情報化」の逆手をとって、極力秘することである。想いがあれば不思議なもので顧客は集ってくる。そこで自らを律することにより徹底したコスト・ダウンを図ることにより、激しいヴォラティリティでも耐えられるほどの内部留保を確保していくのである。
結局、過去2回にわたる災禍を乗り切ってきた我が国企業はいずれも、このやり方を知らず知らずの間にとっている。誰しもがバッカスたちの饗宴には興味を持ち、そのためにわざわざ現場を訪れて来るものなのである。バッカスたちのように「明るく・楽しく・爽やかな」突き抜けた価値を、しかしあえて秘すること。それによって引き寄せることでLTVを最大化していくこと。―――この黄金律に気付いたか否かが、過去10年余りの激動の中で私たち日本人が気付くべきことだったのであり、事実多くの者たちが気付いているのである。
「バッカスたちの見果てぬ夢が続く国・ニッポン」が最後に勝つのか、あるいは「巨大なデータで重武装し、ますますサイボーグ化していく米欧勢」が圧倒するのか。いよいよ本当の勝負が今、私たちそれぞれの現場で始まっている。
2015年3月15日 松山・道後温泉にて
原田 武夫記す
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