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さらに揺れる「スイス・プライベート・バンク」の行方 (IISIA研究員レポート Vol.57)

先月(2021年9月)、スイス勢のプライベート・バンク「ファルコン(Falcon Private Bank)」が、同国内の銀行として初めて反マネーロンダリング(資金洗浄)法違反で裁判にかけられた(参考)。マネロン対策を主導する政府間期間「金融活動作業部会(FATF)」からは「資金洗浄大国」の汚名を着せられ(参考)、バイデン米大統領も去る(2021年)4月にスイス勢をして公然と「タックス・ヘイヴン」と呼ぶなど(参考)、300年の歴史と伝統を誇るスイス勢のプライベート・バンクの地位が今揺れている。

(図表:プライベート・バンクの中心地ジュネーヴ)

(出典:pixabay

そもそもスイス勢における金融業の起源は中世にさかのぼる。イタリア勢、ドイツ勢、フランス勢の中間に位置する貿易拠点として、特にジュネーヴ、チューリッヒ、バーゼルなどの都市で、手形や為替などの金融業が始まった。その後、プライベート・バンクを今日のような形に発展させた要因として次のようなことが挙げられる(参考):

第一に、傭兵サーヴィスの提供、いわゆる「血の輸出」である。特に16世紀初め以降は、ヴァチカン勢でスイス傭兵隊がローマ教皇の衛兵として採用されて以来、多額の資金がスイス勢にもたらされている。

(図表:ローマ教皇フランシスコ(左)とスイス衛兵)

(出典:時事通信

第二の要因は、周辺国での地政学リスクの“炸裂”に伴う資金の流入である。これは17世紀、フランス勢で迫害をうけた新教徒(ユグノー)がカルヴァン派の庇護を求めてジュネーヴに資産を隠したことに始まる。さらにその後も、18世紀には、フランス革命でギロチンを逃れたフランス貴族が多額の資産とともに亡命してきたり、20世紀にはオーストリア=ハンガリー二重帝国の滅亡を背景に東欧勢の地主貴族(ユンカー)がこぞって資産をスイス勢へと移転させた。第二次世界大戦が始まるとナチス・ドイツ勢の略奪から財産を守るためにユダヤ勢が多額の資金をスイス勢に持ち込んでいる。

そして、現代においては、課税を逃れるための「タックス・ヘイヴン(租税回避地)」としての役割を担っている。

しかし、近年、300年続いた秘匿性の歴史を揺るがす事件がつづいている。去る2009年にはスイス連邦金融監督局(FINMA)は米当局の求めに応じ、国内最大手のプライベート・バンクUBSに対して数千人分の口座情報を提供させたのである(参考)。去る2015年には、香港勢を拠点とするHSBCがジュネーヴに置く子会社において、顧客データが漏洩するという「スイス・リークス事件」が発覚している(参考)。

(図表:旧香港上海銀行上海支店ビル(一時期、HSBCが入居していた))

(出典:Wikipedia

去る2016年末にFATFが公表した第4次国別審査では、スイス勢のマネロン規制の有効性は確認されたものの、勧告40件のうち9件(注意義務の個人への適用拡大など)では制度に「抜け穴」があり、改善すべきと指摘されている。昨年(2020年)1月の中間評価でも、この「抜け穴」への取り組みが遅すぎて「満足できない」と批判されており、次回の審査でも、スイス勢の評価は現在の「かなりの部分は達成されたが、改善の余地あり」から、さらに引き下げられる可能性もある。

さらに、去る(2021年)7月には、ヴァチカン勢の国務長官を務める投資マネージャーであったイタリア人ファブリツィオ・ティラバッシ氏が、UBSとの間で、ヴァチカンの預金に対して0.5パーセントの手数料を支払う契約を結んでおり、さらにティラバッシ氏が勧誘した新規顧客の預金に対しても手数料を支払っていたという。去る2018年後半よりヴァチカン勢は“越境する投資主体”の雄を用いて大量の資金をパナマ勢に移送していたとの非公開情報がある中で、スイス勢から中南米勢へと資金の逃避が今後加速する中で、ヴァチカン勢とスイス勢の紐帯も今後、不透明にならざるを得ない。

Bank secrecy(銀行秘密)の機能を保持することで中世以来、築いてきたスイス勢の地位が、FATFを中心とするマネロン規制への圧力の強化を受ける中で、ヴァチカン勢との紐帯が切れた瞬間、一気に転落する展開となるのか。あるいはスイス勢には、現在もなお欧州系国際金融資本の“雄”の本拠地が所在している点を念頭に置くと、それらもすべては次なるフェーズへ向けた“演出”に過ぎないのか。いずれにしても、次なるフェーズには、「富の東漸」を背景として、グローバル・マクロ(国際的な資金循環)が我が国へと収斂していくというシナリオが含まれていることを忘れてはなるまい。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

原田 大靖 記す

前回のコラム:「脱炭素」に直面するイラク勢の焦燥 (IISIA研究員レポート Vol.55)

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