「グローバル進出する日本企業が直面する課題」~第27回 テロリスク
新年明けましておめでとうございます。本年度も宜しくお願い申し上げます。
隣国ドイツにおいてクリスマス直前にまたしても痛ましいテロが起きました。クリスマス市は、規模の大きさは異なれ欧州の多くの市町村で開かれているクリスマスイベントであり、クリスマスを心待ちに迎える人々が家族連れで賑わう楽しい場所です。ニースの花火大会で起きたテロのように、「一家そろって楽しめる場所」でのテロが人々に与えるショックは非常に大きく、クリスマスのミサでもテロについての言及がありました。また、トルコでは大みそかの年越しパーティーを祝っていたクラブでのテロ。年越しパーティーも、クリスマスと同じくこちらでは欠かせない新年イベントですので、今後もこうしたイベントがテロの標的にされていく可能性は続くのでしょう。
今回は、何度も繰り返しになりますが、改めてテロリスクについて語りたいと思います。
というのも、人事からトルコ出張の無期延期勧告が出されているにも拘らず、トルコ出張の可能性を本社から赴任してきている上司に言及されたため、この勧告のことを告げ、「出張は無理なはずですが」と伝えたところ、「本社の役員は出張しているのに変だね~」の一言に、「でも一応考えておいて」と、「いや考えるまでもなく禁止されているでしょう !!」という突っ込みをする気も失せるような、不毛なやり取りが一部の日本企業の海外拠点では起こっているからです(笑)。いや、笑えないのですが。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」、とはよく言ったもので、エールフランス社の発表によれば、12月度は中国や日本といったアジアからの客足の戻りも順調となったようです。実際にテロの標的にはなっていない国々の人々は、一旦テロが起きると波を引いたように去っていきますが、それから半年、1年もたてば、テロリスクは引き続き高くても、もう大丈夫なのでは?と判断してしまうのでしょう。しかし、欧州に長年在住している側からすれば、テロリスクは全く低減していません。寧ろ、皆、心の片隅で次は何時だろう、何処だろうという不安を抱えたまま、日々の生活を送っているのが実情です。もちろん、現地に住んでいる人間は、テロが起ころうと起こるまいと通常の生活を取り戻さなければやっていけないので、頭の片隅にあるとはいっても普段はそんな片鱗も見せず普通に生活を営んでいますが、どこかでテロが起こる度にその不安が表面化するような気がします。それはテロリスクが、「イスラム国」を発端とする一過性のものではなく、実は非常に根深い問題から発しており、非常事態宣言を敷こうが、警察力を強化しようがそう簡単に根絶できるものではないことを欧米人は無意識のうちに理解しているからかもしれません。
現在テロリスクとして顕在化しているものは、いうなれば植民地主義時代から続く欧州以外の国々からの「人間」に対する「差別」問題に端を発するものです。表向きは、「宗教」、「人種」、「肌の色」等様々な違いを寛容に受け入れているように見えながら、実は欧州社会は不寛容であり、「自由」も「平等」も「友愛」もあるカテゴリーに属していなければ享受できないことに気づいた若者たち、移住者の2世、3世たち、難民たち等の不満、怨嗟、怒りが社会に対して爆発しているのがテロの一番の要因です。人間が人間であるが故に至る所で様々な差別は生じていますが、欧州社会の中でこれまで偏在的にしか露呈されてこなかったため、社会問題として真正面から向き合うこともされずなおざりにされてきた感があります。そもそも、「全ての人間は平等」であり、「侵されえない人権」を持つことが当然とされる国家で、「自由・平等・友愛」の理念を尊重し、「フランス人でありたい」と願う者が「フランス人」であると定義されるのであれば、「人種」等による「社会的差別」の存在を認めること自体が国家の理念を覆すことになってしまうため、社会的差別問題は目を背けられてきたのだともいえるでしょう。こうした社会の矛盾に対する不満が少しずつ蓄積され、昨今の社会・経済状況や難民問題などにより増大化したところに、「過激派思想」という悪魔の媚薬がほんの少し作用すれば、いとも簡単にテロは起こりうるし、これからも起こり続けると思います。「イスラム国」も「過激派思想」も一擦りのマッチでしかなく、欧州社会に民族問題やそこに端を発する差別問題が混沌と横たわり続ける限り、テロリスクは消え失せないのです。
外務省が渡航延期や注意を呼び掛けていないから「安全」なわけではありません。どの国でもそうですが、国家は様々なリスクを抱えており、テロリスクに関して言えば、少なくとも欧米は日本よりもテロリスクが高く、テロが起こる可能性はゼロではないということを頭に入れた上で、旅行なり出張なり、駐在生活なりする必要があります。勿論、恐怖に捕らわれて何もできないということになってしまえばテロリストの思うつぼであり、生活が成り立たなくなってしまいますが、テロリスクの存在だけは頭の片隅に留めておいていただきたいと思います。物騒になったとはいえ、まだまだ日本は「安全」な国ですから。
プロフィール
川村 朋子
元外交官。大臣官房儀典官室、在フランス大使館、在ガボン大使館にて勤務。
現在は在仏日系企業に勤務。留学、外務省時代、現在と在仏歴通算15年以上。
リヨン第二大学歴史学修士、リヨン政治学院DEA(博士予備課程に相当)取得
主な論文に「アンシャンレジーム期のリヨンの倒産・破産状況」「日本の軍事問題の現状」がある。