「グローバル進出する日本企業が直面する課題」~第21回 ブルキニ騒動に見る文化の差異
日本で今回一番驚いたのは、最近はラッシュガードを着たままプールに入るのが当たり前となっていると聞いたことでした。日焼けしたくないのでプールなど敬遠しており、全くそんな事情は知らなかったのですが、たまたま地元の温泉付施設の室内プールに行った時のこと、日が当たらないはずの室内プールなのにラッシュガードを着たままプールに入っている女性を見かけ、フランス人感覚の私はおもわず「ないでしょ」と呟いてしまったのですが、日本人的にはOKなのですね…。あれって水に入る前後に着るものだと思い込んでいたので、日が当たらないはずの室内プールでさえラッシュガードを着たままプールに入るという行為にはジェネレーションギャップというよりもカルチャーショックを受けたのですが …と、なぜこんな話から入るのかというと、今フランスでは「ブルキニ騒動」が起こっているからです。
「ブルキニ」とは耳慣れない言葉だと思いますが、「ブルカ」と「ビキニ」からの造語で、イスラムの肌を見せることを禁じられている女性が肌を見せずに水に入るために考案された、手足の先と顔以外を覆っている形の水着です。先月28日にカンヌで不適切な格好での遊泳が禁止される条例が制定され、この条例につきカンヌ市長が地方紙「ニース・マタン」上で「ブルキニ」がこの対象となる旨発言したことから、「フランスのイスラム恐怖症反対委員会(CCIF)」がこの条例は女性差別法であるとしてニース行政裁判所に提訴。ニューヨークタイムズのコラムにまで取り上げられる状況となっている中、13日、同裁判所が同条例は違法ではないとの判断を下したことからさらに物議を醸す展開に。カンヌの他にも、5日ヴィルヌーヴ・ルべ市、15日にはコルシカ島のシスコでも同様の条例が施行されています。十数年前にイスラム教徒の学校でのスカーフ着用が同様に問題となり長らく議論され、結果として2004年3月「公立校での宗教シンボル着用禁止法」[i]が成立した状況を想起させます。
他国から見れば確かに行き過ぎにしか見えない行為であり、こうした状況が余計にイスラム教徒を刺激し過激化させる一因となるのではという意見も尤もと言えばもっともなのですが、フランス共和国の本質に1905年の政教分離法があり、「公共の場には宗教を持ち込まず」とする「ライシテ」が共和国の原理として深く根付いている歴史的認識をもってすれば、フランスがフランスたる所以とフランス人が信じきっている「フランスの本質」について、フランス人でない人間が議論したところで彼らが耳を貸すわけもなく、外部の人間としてはフランスとはそういう国なのだととりあえず納得するしかないのでしょう。
この「ブルキニ論争」を耳にしつつ、まず頭に浮かび上がったのがラッシュガードを着てプールに入るという私個人にとっては異様な光景でした。体形が隠せるようにタンキニや体を覆う面積の多い水着を着て、さらにすっぽりとラッシュガードを羽織って水に入るのが日本で常識となっているのだとすれば、テロの影響でフランスにくる日本人観光客は半減しているとはいえ、バカンスを楽しみに南仏までわざわざ足を運んだ日本女性たちがビーチから追い出されてしまうようなことも起こり得るのではないかと少々心配になってしまったわけなのです。
例え「ブルキニ」に間違えられずビーチでは認められたとしても、この水着姿、フランスのプールでは公営・私営を問わずアウトです。ラッシュガードどころかタンキニや、スカート付きの水着ですら足をプールに踏み入れた途端監視員が飛んできます(笑)。如何にひらひら部分も水着と同じ生地で出来ていると言おうと、普通のワンピース型水着にちょっとフリルっぽいスカートがついただけの子供水着でさえ、プールに入館さえさせてもらえず子供が泣いて帰ってきたこともあります。フランスで夏のバカンスを楽しみたいなら、ビキニか競泳用水着みたいなワンピース水着しか着られません。こんな年になって…とか、体形が…とか日本にいたら気になりますが、どんなおばあちゃんでも、100kg超えてそうな人でもビキニを着ている国にいれば羞恥心はなくなります(笑)。折角泳ぎに来て水着で却下されて泳げないなら、その時はその時でその場で買えばいいと思うでしょうが、こっちの水着なんてとても買えません。サイズが合わないとかいう問題ではなく(いや、それも往々にしてありますが)、日本の水着のように裏地やカップもついてなければ本当にただの布なんです。勿論アンダーショーツ等も専門店に行かないと売っていません。まぁ上半身ヌードが普通位の国で、透けるとか透けないとかきっとどうでもいいのでしょうね。女性の話ばかりですが、当然男性にも厳しいです。ハーフパンツやショーパン型の水着は絶対に×。ぴっちりした競泳用水着のみ可。かろうじて一分丈ぐらいなら許されるけれど、体にぴっちりというのは譲ってもらえません。子供とプールに行こうとしたお父さん駐在員が一番カルチャーショックを受ける場面かもしれません(笑)。何故こんなに厳しいのかと言えば、理由は明白。衛生面を重視するからです。ハーフパンツなんて許してしまおうものなら、何日穿いているかわからないトランクスでプールに入ってしまうおじさんがいるかもしれない、でなく絶対にいると断言できるのがフランス。個人の道徳性に任せていられないので全面禁止の運びになるわけです。
水着談義で紙面が尽きてしまいましたが、要はこのような日常生活のちょっとした一面にも文化の違いが現れるということを言いたかったわけです。「郷に入っては郷に従え」と先人が素晴らしい諺を残してくれているように、文化の違いを違いとして享受し、尊重することこそが他国で暮らしていく際に最も重要なことかもしれません。
プロフィール
川村 朋子
元外交官。大臣官房儀典官室、在フランス大使館、在ガボン大使館にて勤務。 現在は在仏日系企業に勤務。留学、外務省時代、現在と在仏歴通算15年以上。
リヨン第二大学歴史学修士、リヨン政治学院DEA(博士予備課程に相当)取得 主な論文に「アンシャンレジーム期のリヨンの倒産・破産状況」「日本の軍事問題の現状」がある。
[i] LOI n° 2004-228 du 15 mars 2004 encadrant, en application du principe de laïcité, le port de signes ou de tenues manifestant une appartenance religieuse dans les écoles, collèges et lycées publics https://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000000417977&dateTexte=&categorieLien=id