「グローバル進出する日本企業が直面する課題」~第14回 現地法人のブラック化
4月後半に大寒波が来て真冬のような寒さだったのが、パリでもようやく春らしくなってきました。週末の連休にジヴェルニのモネの家に10年ぶりに出かけてみたら、予想以上の人出で入口から100メートル以上の長蛇の列。急遽携帯で入場券を買って入場券事前購入済みの入口から入りましたが、庭を見たのか人を見たのかわからないぐらいの混雑ぶりで、グローバリゼーションの恩恵というべきか弊害というべきか…。とりあえず、色とりどりのチューリップは綺麗でした(笑)。
さて、今回は美しい花々とは正反対、現地法人のブラック化と題して、日本では名の知れた企業でありながら、本社のあずかり知らぬところ(認知はしているのかもしれませんが)で海外拠点がブラック化、或いはそれに近い状況となっているような本来あってはならない事例について語ってみたいと思います。
パリ及びブラッセルで起きたテロの影響で非常に厳しい状況が続いている欧州方面の日系旅行業界で働く友人から聞いた話ですが、彼女の会社では今年の夏7月から8月にかけて一切休暇をとるのが禁じられたそうです(いわゆる土・日のような休息日は除く)。企業として、状況が厳しく、せめてものかきいれどきである夏に全社挙げて総力を注ぎたいという気持ちは理解できなくはないですが、日本から駐在で来てそれなりの給料を貰っている社員に対してならいざ知らず、最低賃金+α程度の給与しか得ていない現地職員であり、社員である前に子供を持つ母親である人達にそれを強制するのはかなり理不尽だと思います。ただでさえフランスの子供達の夏休みは日本と比べ8週間と長く、しかも5週間の法定休暇が義務付けられ、一般的なフランス人は皆3-4週間の夏休みを7-8月にとっているフランスの状況下でこれはかなり酷な扱いです。厳密にいえば、夏季休暇は5-10月までに取るものであり、かつ基本は雇用者に休暇の日時の決定権があるため違法ではないのですが、今まで慣習的に可能であった休暇取得権利を突然奪うというのは、心理的な圧力を与えるものであり、パワハラと捉えかねられません。そもそも例年より観光客が少ないはずなのに、何故今まで順番に取ることが可能であった休暇をなくす必要があるのか、理論的な説明がなされていない点も問題です。
他企業の例では、本社の人事部はそれこそ残業が多く規定残業時間を過ぎた社員に対して残業を禁止し、定時に家に帰らせるなど徹底しているような会社であるのにもかかわらず、海外拠点ではサービス残業が当然のような態度で残業代を出さないであるとか、休日出張などの代替休日も取らせてくれない等、本社との待遇の差が歴然としている企業や、健康診断の義務等、海外拠点の設置されている国の法律で定められている社員の最低限の保証さえ満足に履行されていない海外拠点が存在することは結構あります。特に後者は、単に海外拠点のある国々の労働基準法を熟知していないからこそ起こりえることなのですが、大抵の場合、人事部は各拠点に置かれるというよりそれぞれの地域の本社に置かれることになるため、各国の労働基準法に精通する人事の人間というのが存在しないのがその理由と言えます。例えば欧州地域の本社がイギリスにあるとして、他にフランス、ドイツ、スペイン等に拠点があっても欧州地域イギリス本社の人事部の中にすべての国の労働法に精通している人間を置いている日本の企業は極稀だということです。その点、欧米系の国際的大企業は日系よりしっかりと対処している気がします。欧米系の場合は、何かあった場合には被雇用者から訴えを起こされる可能性がはるかに高いからなのでしょう。
そう、要はそこなのです。日系企業の海外拠点に雇われている現地職員の日本人に対して扱いがぞんざいになるのは、日本人なら訴えることはしないだろうとある意味企業側もタカを括っているからなのでしょう。
外国に住んでいる日本人なんて今は掃いて捨てるほどいます。ワーキングホリデイヴィザで外国に来ている人なども含めると安価な労働力は多分にあり、いわゆる一般職であればいくらでも替えがきくのです。日系企業にとっては完全な買い手市場であり、嫌なら辞めてもらっても痛くも痒くもない。だから多少横暴な振る舞いも、日本であればないと思われるような対応をとることもありうる。一方で、被雇用者側は辞めさせられてしまっては買い手市場の外国で次の仕事を見つけるのは困難であるから、多少の理不尽には我慢してしまう。また、日本人同士だからということもあり、小さなことで波風を立てたくないという気持ちからも我慢が生まれてしまう。そういうところにつけ込み、企業側が更に増長するといった悪循環。
大なり小なりこうした状況が起こっている海外拠点は、話を聞く限り意外に多いと思うのです。その辺の日本食レストランの話ではなく、れっきとした大企業の海外拠点においてです。コラムを書きながら、マイケル・ムーアの映画「ザ・ビッグ・ワン」がふと頭をよぎりましたが、海外拠点の様子を知るために、本社の人事部の人間は海外拠点に足を運ぶべきです。海外拠点に行って駐在から話を聞くだけではなく、現地職員の話も聞いておいた方がいいと思います。そこで、問題点を改善しておかなければ、グローバル化を進めていくうちに必ずや問題が起こりえます。日本人ローカルは早々裁判という手段をとらないでしょうが、その周りには友人や配偶者がいるわけですし、外国人ローカルの中には容易く裁判という手段をとってくる人種もいるわけですから。
ローカルに待遇などの面で何度も裁判を起こされては、その地域での信用を失い、せっかく進出したのに撤退しなければならない状況に追い込まれることすらありうる点を十分に認識され、海外拠点の人事のあり方を一考するきっかけとなれば幸いです。
【執筆者プロフィール】
川村 朋子
元外交官。大臣官房儀典官室、在フランス大使館、在ガボン大使館にて勤務。 現在は在仏日系企業に勤務。留学、外務省時代、現在と在仏歴通算15年以上。
リヨン第二大学歴史学修士、リヨン政治学院DEA(博士予備課程に相当)取得 主な論文に「アンシャンレジーム期のリヨンの倒産・破産状況」「日本の軍事問題の現状」がある。