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2015年8月の「歴史的な相場」に備える

 

 

京都・祇園祭に遊ぶついでに叡山、そしてその麓の坂本まで足をのばしてみた。実は伏見の水辺を見た後、叡山に向かったのは良いが入山門限の午後4時を過ぎていたため、急きょ行く先を変えざるをえなかった。しかしそのおかげで想ってもみなかった「感覚」を取り戻すことが出来た。

京の都を守っているのが「鬼門」に聳える比叡山・延暦寺であるということはよく知られている。だが、その延暦寺にも守護神がいるのである。比叡山のさらに「鬼門」に鎮座している日吉大社、通称「山王大権現」だ。

そこで私は一つの”感覚“を取り戻すことが出来た。日吉大社に辿りついたのは午後4時半をまわった頃。1日の暑さは峠を越したものの、その場に”在る“だけで汗が止まらなくなってくる。当然、歩みも自然に遅くなってくる。

しかし、である。境内を貫く清流の傍に至った瞬間、全てが変わった。余りにも涼しいのである。際立ったその涼しさを感じて、私の足はしばらく動かなくなった。そしてつくづく思い知ったのである。叡山という巨大なシステムを更に支えているこの大社の根源にあるものはこのえもいえぬ清涼感であるということを。いや「京」の全てがそこで浄化されているといっても過言ではないはずだ。そしてこの地、この場所にそうしたポイントを見つけ、大社の柱を立てた古の先人たちの研ぎ澄まされた感性に心から敬服した次第である。

「そうなることに気付かず、ただひたすら”今“を嘆き、前進出来ない」

想えば叡山ではなく伏見を先に訪問したからこそ、前者の入山時刻に間に合わなくなったのである。だが、そうであるからこそ、私は「根本中堂」での拝観を早々に諦め、日吉大社に向かうことが出来たのである。そして坂本ケーブルの駅から徒歩で向かったからこそ汗が吹き出し、あの清涼感を味わうことが出来たのだ。―――全ては「縁」によってつながっている。あとはそうあらしめている偉大なる存在に感謝の念を捧げるか否か、私たち自身にかかっているのである。

現代の“水=流動性=liquidity”の世界である金融マーケットについてもまた同じなのである。「縁」を十二分に意識し、同時に突然訪れる「清涼感」へと至る道のりをどこまであらかじめ感じ取ることが出来るかが、そこでは問われている。

このコラムを書いている瞬間(7月25日)、読者のほとんど全員が知らないであろう近未来の現実。それは来月(8月)4日ないし5日頃より我が国、そして米国において株価が急上昇し始めるということである。とりわけ我が国においては日経平均株価が23000円に迫る勢いとなり、米国のダウ平均株価はそれを上回る上昇率となる。さらに付け加えるならば、時をほぼ同じくして金価格も急上昇する。その時、私たちは悟るのである。「日米欧中による量的緩和が続けられてきた結果、ついに“不可逆的なインフレ”が始まったのだ」と。

もっとも我が国の場合、不思議なことにそのままで終わることはない。8月のあるタイミングで「暴落」となってしまう。定量分析上は明らかにその様な数値がはじき出されており、そのことを前提に国内外の“越境する投資主体”らは既に賭けはじめている。知らぬは私たちだけだったというわけなのだ。目先の調整を嘆じている暇など、実は全くなかったのである。

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大事なことは現在から「すぐそこから始まる未来」に至る縁を知り、かつそこで享受することになる清涼感をもたらす偉大なるものへの感謝を忘れないことなのである。ここで書いた現実が生じる前だからこそ、是非まずは考えて頂きたい。なぜこのコラムを読もうと読者は思われたのか。なぜ弊研究所の公式サイトを開いたのか。今朝目が覚めて現在に至るまで何を想い、何をしたからこそ、そうしたのか。そこで忘れ得ぬものは何か。単純なことだが、そこからしか始めることが出来ないのが私たちだ。しかし、この余りにも単純な真実においてこそ、振り返るべき全てがある。日吉大社に満ち満ちているあの清涼感を肌感覚として思い出す時、そう想えて仕方がない。

2015年7月25日 京都・蹴上にて

原田 武夫記す

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