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私が起業家として目指すこと。 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

「あなたは起業家としてこれから大変な人生を送ることになりますよ」

かつてミルズは「パワー・エリート」という勇気ある名著を書き、その中で米国社会を動かす(普段は見えない)閥族集団の存在を明らかにした。そのパワー・エリートの一人であり、米国を代表するユダヤ・セファラディ勢の一家を担う人物から、私は私の研究所「IISIA」を立ち上げた時、人づてにこんなメッセージを頂いた。その時は正直言って、何を言っているのか全く分からなかった。いや、それ以上に外務省を自らの意思で出奔した私にとって「起業」とは余りにも自明な選択肢であり、それが自明である以上、「大変なこと」「困難なこと」など待ち受けているはずがない、と素朴に信じており、だからこそこう言われて若干の反発を覚えたことを今でも懐かしく想い出す。

では実際どうだったのかというと、実に「大変」であったし、今でも「大変」であることは事実だ。ただ、人生とは面白いものであり、必要な時に必要なことを教えて下さる先達が常にいるものなのである。そうした先達の一人から、物事の出発点にあたっては京都を参るのが良いだろうと聞き、今、京都の鴨川を窓外に眺めながらこのコラムを書いている。不思議なもので京の街並みを見ていると、ここに来てささくれだった己の心の中が一つ、そしてまた一つ、整理されていくのが分かる。

私の場合、「起業」はなぜ大変であり続けているのかというと、その理由は2つある。私は元来が音楽家(作曲家)志望であったせいか、想念が強い性質だ。しかも抽象的な観念というよりも、具体的にこれがこうなって、あれがあぁなってと「見える」性質なのである。言い換えれば「思い描ける」性質といった方が良いかもしれない。

しかも私の場合、ある時からその様にして思い描いたイメージに向けて、何をすれば良いのか、何がハードルなのか、そのハードルはどれくらい細かくすれば己が乗り越えることが出来るようになるのか、について自然と計算するようになったのである。受験勉強が大きな契機であったように記憶している。つまり、チャンク(chunk、塊)をタスクブレイクし、かつこれをタイムラインに並べてこなしていくということは私にとって余りにも当たり前なのである。

ところが世間様では必ずしもそうではないらしい。娑婆に出て「起業」してから気付いたことなのであるが、この様にして思い描くことが全く出来ない人というのがかなりの数、存在するようなのである。無論、関わりを持つことがないのであれば何も問題ではないわけであるが、大変なのはこうした人たちと一緒に仕事をするようになった場合である。この手の方々は想念が弱いため、それを補うべく特定のスキルは身につけていたりする。そして最近でこそ、私はその人が持って生まれた「行動特性」と、後天的な「スキル」とを区別して採用選考をするようになったが、かつては必ずしもそうではなく、スポットで必要な後者をむしろ重視して採用していたのである。その結果、「思い描くこと」が出来ず、ましてや私の「想念」との同期が出来ない人たちとオフィスで日々の格闘が繰り返されてきたというわけである。

もっともこう言うと「想念などというが、要するに独りよがりなのでは」と訝しく思われる読者もいらっしゃるかもしれない。しかしそれがそうでは全くないのである。なぜならば私が外務省を自らの意思で飛び出し、おぼろげながら思い描いた想念に基づいて起業するにあたり抱いたイメージとは、「我が国がデフォルト(国家債務不履行)に陥りそうになるが、寸でのところで復活を遂げ、その勢いで”パックス・ジャポニカ“を成し遂げる」というものだからだ。そこに利己的な想いなど微塵にもないことは言うまでもないのである。

そして不思議なことに、この意味での想念を抱きつつ、起業を推し進めていくと、我が国の全国津々浦々で同じ想念を抱かれている方々がいらっしゃるのに出喰わすのである。「そんな大それたことを考えている一般の人が本当に大勢いるのか」と思われるかもしれないが、これは本当の話なのである。そしてこれらの想念を等しくする方々と私は何のコミュニケーション上の困難を抱えないのである。そして「これから何をすべきか」についても実にスムーズに意思疎通し、コラボすることが出来るのである。

しかももう一つ言えるのは、こうした想念を等しくする方々はこのことの持つ余りの重大性がゆえに、休むことなく働かれているという点である。ふと御話を伺うと、24時間365日働かれている。何もその様に無理に自分を仕向けているわけでは決してないのであるが、とにかく「その時」を目指して前へ、前へと進まれているのである。そしてその結果、これまた当たり前のことだが、他人様が働いていない時間帯にも普通に働くため、それなりに豊かな人生を送られているのが通例だ。「超富裕層」というわけではないが、たいていの事であれば賄えるレヴェルには既になられている。不思議だが、決まってそうなのである。

そうであるが故に「就業規則」「就業時間」などというもので縛られている一般の労働者の皆さんを見ると何かが違うのではと思ってしまうのである。無論、「ブラック企業たれ」と言っているわけでは毛頭ない。我が研究所は8時始業、16時30分終業と決めている。16時30分を過ぎたらば何を言わずとももちろん帰って良いのである。だが、仮に上述の意味での「その時」に向けた歩みとの関わりで自らの営みを位置づけているのだとすれば、そこにやらされ感も、疲労感もないのである。むしろ些細な事であれ「その時」に向けたサインなのではないかと鋭敏なセンスが日々研ぎ澄まされていくのが分かる人生なのだ。オーバーヒートしないように「整える」ことが肝心であるものの、ずっと仕事している。そういう人生を、私を含め、この想念を等しくする皆さんは送られているのである。

そしてもう一つ。「すぐやるか」それとも「やらないか」の違いがある。想念として抱いているイメージ、突き動かす想いがそうした風雲急を告げるものである以上、残された時間は少ないという感覚が常にある。だから「考えついたらばすぐにやる」のである。私のこれまでの起業者としての経験上、物事を思いついてから6割の段取りが整った段階で走り始めないと後はtoo lateになるというのが世の常だ。無論、不十分なままでのスタートである。しかしだからこそ「走りながら考える」のである。そうこうしている間に必要な知恵が必ず必要な時にこちらに向かってやって来るものなのだ。その結果、やがて6割が8割、8割が10割となり、成功することになる。

ところがこれまた「絶対にやらない」人たちがいるのである。そもそも想念が重なっていないから致し方ないといえば致し方ないのであるが、何だかんだといってはその場で始めることを避け、結局好機を逸してしまう。あるいは、それでも「なぜやらないのか」とどやされ、どつかれる中、ようやく始めるのだがそんなやり方でうまく行くはずもないのである。やっている本人自身がやっていることについて確信に至っていないのであるから、うまく行かない。必要な時に必要な知恵がこちらに向かって降って来ることもあり得ないのだ。その結果、間違いなく「失敗」する。すると本人は開き直ってこういうのだ。―――「だから、最初から始めるべきではなかった」と。

私は日本人の同胞の中で「想念」を等しくしている人を除けば、華僑・華人ネットワークであれ、ユダヤ勢であれ、外国人とのコミュニケーションの方が得意である。なぜならば我が国を一歩抜け出すと、この二つの原則、すなわち「想念の一致」と「すぐやる」という大原則は余りにも自明の社会構成原理である、個人としての行動準則だからである。そのため海外の事業パートナーとの間で、仮に先方が早朝に電子メールをよこし、コメントを求めてきたりしても喜んで返してしまう自分がいるのだ。時に早朝からメール、あるいはチャットのラリーとなるが、それでも疲れなど一向に覚えないのである。

ところが、我が国の多くの人々との間ではどうかというと全く違う。不思議なことに「想念」が均しくない人が圧倒的多数なのである。多くの皆さんが「このまま何も起きずに世界史は続いていく」と根拠無しに思い込んでいる。「変わらない日常、変わらない日本と世界」がそこでいう想念である以上、「すぐにやる」ことなど全くもって不必要なのである。いや、もっと言えば有害だとしか言いようがない。だからこそ「すぐやらずに、結局やらない」という態度で終始することになる。何も起きず、何も始まらず、そしてただ漫然と日々が過ぎ去っていくだけとなるのだ。

私が起業家として目指すこと。それはいよいよ不可逆的、かつ加速度を付けて始まった「日本デフォルト」あるいはそれに準じた状況に向けての歩みを先取りし、愛すべき同胞、そして世界に対して知らしめていくことである。そしてそうであるにもかかわらず、我が国がある段階から死力を振り絞って急降下から急上昇へと舵を切り、結果として「パックス・ジャポニカ」が実現することを、具体的に論じ、かつそのための動きを実態として支援していくことである。さらに言うならば我が国がそうなっていくことこそが、我が国の本当の”権力の中心“が企図し、その静かなる偉大な力によって実現しつつあることであるという点をあらゆる予断を排しながら適時的確に広く世に対して知らしめることである。

「情報リテラシーと言われても、少々分かりにくくはないだろうか」

我が国の本当の”権力の中心“を担う御方からかつて私はそう言われた。確かに情報リテラシー(information literacy)とは手段であって、目的ではなく、その分正鵠意を得ていないと言われても致し方ないと私は想う。そこでもっと端的に私と私の研究所が一体何を行っているのか、そのミッションは何であるのかを簡単に書き記した次第である。

2015年12月20日 京都・鴨川二条大橋脇にて

原田 武夫記す

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