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今なぜ、東北であり、グローバルなのか。 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

私は東日本大震災が発生した2011年の秋頃、公式ブログでこんなことを書いたことがある。

「世間では絆、絆と大合唱している。しかしそんなことを口で叫んでも全く意味はないのである。私たちIISIAは私たちのやり方で『本当の東北復興』のため、何が出来るのかを考え、行動していく。一過性のブームとしての復興支援などに加わるつもりは一切ない」

確かに依然として福島第一原子力発電所の被災に伴う放射性物質の拡散という最大の課題は一切解決していない。だが、その一方で先の大震災の爪痕は、外見上の「復興」とは裏腹に、被災者の皆さんの心の中に未だに深く残っていることも事実なのだ。

しかしその爪痕に対する心からの同情(compassion)を真正面から踏みつぶすかのような行為が、一部の被災者自身による日常的なふるまいによって「現場レヴェル」で日常的に続いていることもまた、事実なのである。

東京や、ましてや西日本・九州などに暮らしていると全く想像もつかないことかもしれないが、住む土地を奪われた被災者の皆さんが事実上定住し始めた福島県のある地域では「トヨタの高級車『レクサス』を複数台乗り回し、町中で高級品を買い漁る被災民たち」が静かに問題視されている。我が国政府は被災者の皆さんに対して震災復興という側面を越えて、「福島第一原子力発電所からの放射性物質の拡散に対する償い」などとして、多額の復興手当を支払い続けている。しかしこれによって何が起きているのかというと、根本的に心のケアが真正面から行われることがないため、結果的に一部の被災民たちは明らかに自堕落な生活に陥っており、場合によっては「圧力の源」にすらなりかけているのである。

2011年の段階でも記したことなのであるが、私は以上のことを、テレビに出ている評論家きどりで語っているわけではない。私には彼の地に誰よりも大切な係累がいる。不幸中の幸いであったのは、彼の地にあっても農業・漁業の従事者ではなく、もう一つの柱である工業の担い手であったことだ。そのため、激震の後は操業の持続が危ぶまれたものの、今は未だ種々の課題は残りつつも、粛々と、そして逞しく事業を営んでいる。

だがそうした立場の文字どおりの「地元民」からすると、全くもって違和感を拭えないのがこうした一部の被災民たちの振舞いなのだと聞くのである。それもそうであろう、かつては炭鉱町として栄えたが、その後はエネルギー・シフトによって静かな町となり、工業・農業・漁業のブレンドで人々は本当に粛々と日々の営みをしていたところにいきなり人間と札束が降ってきたからだ。それまではさびれかけていた繁華街には大勢の中国人ホステスたちが住み着くようになり、黄色い叫び声が聞こえるようになった。「町に活気が戻ってきた」と最初は喜んでいた件の地元民たちも、徐々に現実の異様さに絶句し始めたと聞く。昼間から高級車を何台も乗り回し、パチンコに通いつめ、高級スーパーで「爆買い」をする一部の被災者たち。

当然彼・彼女らの頭の中の辞書に「働くこと」などという単語はないのである。なぜならば彼・彼らは「被災者」という永遠のステータスを与えられたからである。決して癒えることのない心の傷跡に対する無限の保障を政府から得る権利を持っているからである。これを120パーセント行使しないで、一体どうするというのか―――。

今や「大本営発表」しか本当に報じなくなったマスメディアが決して語ることのないこうした現場における“現実”を目の当りにして、私は決心した。今年(2016年)4月より、仙台においてまずは6か月にわたり、東北の地にあって真の企業経営者とアントレプレナー(起業者)たちを育て上げるためのプロジェクトを立ち上げる。名付けて「東北グローバル経営者・起業塾」だ。

そもそもこのプロジェクトについては、仙台において過去、様々な困難を抱えられつつも、ITヴェンチャーとして目を見張る成果を上げることに成功された企業経営者であり、同時に私たちIISIAに対する熱心な支援者のお一人から、大震災直後よりご提案を受けていた。だが、私自身、これは極めて直感的な議論で大変恐縮なのだが「未だ、私が出ていくタイミングではない」と踏み、熟考していた経緯がある。私のやり方はいつもそうなのである。何かが起きる前に「先駆け」となり、大流を導く。あるいは「ブーム」「ブレイク」など耳目が集まっているものはとりあえず無視し、ほとぼりが冷めた後に、私自身がなすべき役割を果たすべく、現場に深く浸透していく。そのどちらかなのだ。今回の「東北グローバル経営者・起業塾」はこれらの内、後者に該当するプログラムということになる。

このプロジェクトを通じて私がやりたいこと。それは国内で完結し、今や利権政治のツールにしかなっていない「東北復興」の本旨に立ち返り、経営リーダーシップを通じた本当の意味での自立的な復興を可能にすると共に、それを「SME(Small and Middle-sized Enterprise、中小企業)を立役者としながら、グローバル経済を金融メルトダウンから救うべし」という米欧の統治エリートたちが主導するグローバル・アジェンダに直結させることである。「東北復興」を語る人士は多いが、こうした発想で動いている方は皆無だというのが私の認識である。

本当の「東北復興」。それは現場レヴェルで自立的かつ発展性のある民間企業が大量の雇用を創出し始めた時に初めて実現することができる。仕事場が生まれることで、初めて多く野人々の生活が成り立つことになる。余りにも“当たり前”なことなのであるが、これを成し遂げることが出来るのは、政治家でも、役人でもないのである。経営リーダーであり、そもそも事業シード(種)を企業にまで大成させる起業家(アントレプレナー)しかこのことは出来ないのである。私たちIISIAは、2009年に人財マネジメント(Human Resource Management, HRM)のセクターに本格参入して以来、規模を問わず既にたくさんの企業の現場での支援を全国で営んできている。その知見と経験をフル投入し、真の「東北復興」の呼び水となりたいと考えているわけである。

だが、これだけでは世間が語る「地方創成」の議論と表面的には何も変わらないかもしれない。私たちIISIAが志高き経営リーダーや、起業家(アントレプレナー)の皆さんにこの「東北グローバル経営者・起業塾」で伝えたいことにはもう一つの大きな柱があるのだ。それは私自身が昨年(2015年)より深くコミットし始めた、政府間会合としてのG20を支えるグローバル・ビジネス・リーダーたちの集まりであるB20の動きと連動している。

今年(2016年)のG20議長国は中国だ。その首都・北京で昨日(30日)までG20貿易大臣会合が行われていた。マスメディアたちは一切まだ気づいていないが、実は今、G20、そしてB20の「現場」ではグローバル・ガヴァナンスを巡る地殻変動と言っても過言ではない動きが生じている。その意味でこのG20貿易大臣会合は、表向きの議論はともかくとして、実は大きなマイルストーンだったのであるが、そのことについて語る者は未だ誰も我が国ではいないのである。

なぜならば、議長国・中国はB20の現場をまずは通じて「世界貿易プラットフォーム(World Trade Platform)」なる”民間機関”の設立を提唱し始めているからである。中国はこれまで、1944年に行われたブレトンウッズ会議で決められた「ブレトンウッズ体制」の一翼を担うGATT、さらにはその後継組織であるWTOという米欧主導のルールに悩まされてきた。しかもその延長線上で環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る議論も行われてきたのである。中国はエマージング・マーケットとして隆盛にあるように見えつつも、その実、グローバル・ガヴァナンスやそこで通用するルールという意味ではまったくもって後塵を拝していたのである。

しかし、である。B20、さらにはG20での大義名分は今や、中国にあるのだ。それらにおいてはもはや資金需要がなく、イノヴェーション能力すら失っている大企業(big corporates)ではなく、SMEこそがグローバル経済の救世主になるという議論が貫徹されている。しかもそこではデジタル経済(digital economy)がそうした企業間秩序の下剋上を可能にすることが前提にされているのであって、既存の金融機関を乗り越え、クラウドファンディングや最先端のFinTech(ファイナンシャル・テクノロジー)の力を駆使し、SMEが自由自在に資金調達を行い、インターネットによる無限の取引コスト低下の恩恵を享受する中、そのビジネスを拡大することが「望ましい」とされているのである。

したがって「中小企業とは補助金によって保護すべき対象だ」としか考えていない我が国の戦後における中小企業政策や、あるいは地方創成というと「人口縮小による国内マーケットの衰退」という後ろ向きの議論しか出て来ない発想は、全くもって時代遅れなのである。そうでなくて、今やどこの立地であってもSMEによる経済活動は可能であり、かつ大企業のデスクでのルーティンの連続とは違い、「常在戦場」そのもののSMEとしては取引コストの圧倒的な低下というデジタル経済の恩恵を前提にしつつ、むしろ精神的な安寧を得られる「地方」「田舎」の方が立地としては良い場合すらあるのだ。そのことは徳島県・神山町が今やヴェンチャーの一大集積点になっていることからも明らかなのだ。

確かにこれまでも、東北大学とそのOBたちが中心になって、東北におけるヴェンチャー創出の試みは熱心に行われてきた。そのための関係者の皆様の御尽力には、心からあらためて敬意を表する次第である。だが、「これまでのやり方」がもはや限界を超えてしまっていることもまた認めなければならないのだ。起業をする、しかしマーケットは東北そのものにはない、かといって東京・大阪では競合だらけだ、いたずらに時が経っていく、そうであれば「東北振興」の名目で補助金を得れば良い―――そうした発想では何も前には進まない。この冷厳だが、極めて日常的な「現実」を変えなければ、真の「東北復興」はないのである。

そのために為すべきことはただ一つ、だと思う。「デジタル化」と「グローバル化」という二つのトレンドを120パーセント活用し、我が国の国内マーケットを見るのではなく、最初からグローバル・マーケットを前提とした企業経営や、起業を行うべきなのである。そしてそのことによってだけ、拡大するマーケットへのアクセスを前提に、地場では雇用が増大し、真にイノヴェーティヴで前向きな社会を構築することが出来るのだ。

だが、グローバル社会はそうした「新参者」を簡単に受け付けないということもまた真実なのである。虚々実々、魑魅魍魎な世界。それが“グローバルなもの”の実態でもあるからだ。勇気を出してそこに乗り込み、単にニッチマーケットを獲得するのみならず、ドミナントな存在となっていくためには、これまで「世界史」において本当のところ何が起きてきたのか、また「我が国」を巡るそこでの真実は何だったのか、さらにいえばグローバル経済の根底を成す(国民国家を越えた存在としての)諸民族が何を考え、何を目指しているのか、その大所を知らなければならないのである。私たちIISIAの人財育成は正にこの点にまずは焦点を絞り、世界と我が国の真実を知った上で、リーダーシップとマネジメント、マーケティングからコミュニケーションといった幅広い分野で実施してきたものである。スローガンだけの「地方創成」だけではなく、本当の意味での「東北復興」を実現するため、これまで蓄積してきた全てをまずは仙台の地で受講生の皆さんにぶつけることが出来ればと想っている。

更に言うならば実のところ、こうした状況は何も東北地方に限ったことではないのである。全国津々浦々、ここに来ては首都・東京までもが同じような状況に陥りつつある。したがって弊研究所は今年(2016年)、仙台に続き、他の地域でも同様のプロジェクトを立ち上げるべく既に”仕掛け”始めている。まずもっての狙いは九州、そして四国である。強い御関心を持つ向きが誠に幸いなことに既に現れ始めており、様々な形をとりつつも、実態としては同じ柱を打ち立てるべく、一つそしてまた一つ、と「東北」から始めていきたいと考えている次第である。そしてそれこそが、激動を迎えた世界の中で動揺する諸国民・諸民族に対して進むべき道のりを示す光としての「パックス・ジャポニカ(Pax Japonica)」を実現する道のりの真髄に他ならないのだ。

「東北グローバル経営者・起業塾」という船が出航するのはもう間もなくである。一人でも多くの志高き皆さんに御集まり頂けることを、心からご期待申し上げている。

2016年1月31日 東京・仙石山にて

原田 武夫記す

※「東北グローバル経営者・起業塾」への御申し込み・御問合せはこちらよりどうぞ(受講申し込み締め切り:2016年4月22日正午(必着))

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