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ユダヤとデジタル:カナダから世界の近未来を見通す (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

 

8~9日(トロント時間)、カナダ最大の商業都市であるトロントで行われた「米州国際経済フォーラム(International Economic Forum of the Americas)」に出席してきた。先月(6月)にはロシア勢がプーチン大統領肝入りで開催している「サンクトペテルブルク国際経済フォーラム(St. Petersburg International Economic Forum)」に私は出席したが、それとのバランスをとるべく、昨年(2014年)に続けて、カナダまで足を延ばした次第である(前回はモントリオール会合に出席した)。ちなみに更にその前の5月には上海・復旦大学が主催した「上海フォーラム(Shanghai Forum)」にパネリストとして出席したわけであり、これでひと通り、世界中の統治エリート、そしてグローバル・ビジネス・エリートたちが”今“と”これから“に向けて何を考えているのか、その俯瞰図を頭の中に入れることが出来たと感じている(ちなみに先月(6月)はクアラルンプールで開催されたボアオ・フォーラム特別会合にも出席した)。

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なぜここまでして私が世界中を巡っているのかといえば、一方ではB20のメンバーとして責任ある立場にあるからだ。昨日もトルコ商工会議所で事務局リーダーを務めている人物と電子メールでやりとりをしたばかりなのであるが、政府間会合であるG20を支えるグローバル・ビジネス・リーダーたちの集まりであるB20について、我が国の政府関係者及び経済団体は無関心のままでいる。しかし実はこのことこそが異様なのであって、G20、そしてその補助会合であるB20こそが、今後の世界秩序(the New World Order)を創り上げることは自明の理だ、と世界中の至るところで耳にするのが実態なのだ。このこと一つとっても、全くもって我が国がグローバル社会(「共同体」といった方が正しい様に想う)とはかけ離れたところに独りぽつねんとしていることがお分かり頂けるのではないかと思う。ちなみにB20は9月にトルコ・アンカラでG20財務大臣会合と合同会議を行う予定になっている。私も無論出席することにしているが、要するにその場で「民主主義」という契機によって選ばれたリーダー(財務大臣たち)と、全くそれとは異なり、シンクロニシティで浮上し、選ばれたグローバル・ビジネス・リーダーたちが対峙することになるというわけなのだ。このこと自体が世界史的な出来事であると直感的に理解するのは、果たして私だけなのであろうか。

話を今回の「米州国際経済フォーラム」に戻す。―――率直にいうと今回の会議のハイライトは3つあった。「ユダヤ的なるもの」、「中米・カリブ」、そして「デジタル化」である。このコラムの愛読者の皆様のために、ここでそれぞれについて簡単に御報告出来ればと思う。

まず「ユダヤ的なるもの」について。我が国では専門家を除いて全く語られることがない事実なのであるが、カナダ勢は完全に“ユダヤ化”した社会であるといっても過言ではない。かつてのトルドー政権の時代に初めてユダヤ人閣僚が誕生したことで、この方向性が決定付けられたというのが定説だ。無論、個別の事例はあるわけだが、傍目で見ている限り、(1)まず旧ソ連時代及びプーチン政権期に迫害を受けたユダヤ勢=アシュケナージ勢がイスラエル勢へと脱出し、(2)しかし未だに戦火が止まないイスラエル勢に窮屈さを感じ、同地を抜け、今度はより自由なカナダ勢に定住する、というのが一般的なパターンであるようだ。しかしこの様な経緯を辿っての定住であるからこそ、彼・彼女らのアイデンティティは依然として「イスラエル勢」にあるというのがはっきりと見て取れるのである。

今回の会合は正にその象徴であったと感じた。なぜならばメイン・ゲストとして、厳重な警備が施される中、場所を替えて3回もスピーチを行ったのはイスラエル勢の英雄「シモン・ペレス元イスラエル大統領」だったからだ。かつて建国の父・ベングリオン大統領(当時)の右腕へ、イスラエル国防軍の一将校から大抜擢され、イスラエル勢の核開発の陣頭指揮をとったこの英雄は御年90歳を超えていると聞く。しかしその言葉は非常に深く、威厳に満ちたものであり、恐らくはユダヤ勢が半分以上を占めていたであろう聴衆は水を打ったように静まり返り、その一つ一つの言葉を噛みしめていた。

「技術に国境はない。技術こそが国際社会を進歩させる原動力だ」

「政治は必ず最初に約束されたことの全てをこなすことが出来ない。したがってこれを補うためにはどうしてもグローバル社会全体としての協力と取組が必要なのだ」

「技術には特定の価値観が付いて回るわけではない。したがってこれを何のために用いるのかは政治の意思次第ということになる。平和のために利用するか、あるいは戦争のために利用するのかは、結局、私たち自身の判断によるのだ」

私はこれらの言葉を聴いて、イスラエル勢が世界随一の科学技術開発を営々と行っていることの「本当の理由」がようやく分かった気がした。元来、「国家」を持たないユダヤ勢=アシュケナージ勢は仮初にも「イスラエル勢」という“国家”を持っていたとしても、いつ何時どうなるかは分からないのであって、だからこそ越境性を当然の性格として兼ね備えている科学技術開発を最後の拠り所とする態勢を崩さなかったというわけなのだ。そしてその延長線上に現在のカナダ勢がいるということになってくる。

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一方、今回の会合をもう一つ彩っていたのがスペイン語圏としての「中米・カリブ」のハイライトであった。中南米勢はアフリカ勢や中東勢以上に、我が国にとっては遠く離れた存在だ。昨年(2014年)に出席したこの会合ではフランス語圏としてのカナダ勢とフランス勢、そして旧フランス植民地としてのアフリカ勢の「結束」がハイライトされていた。それに対して、今回非常に興味深かったのは大勢の「中米・カリブ勢」が招かれ、議論が繰り広げられていたという点なのである。

最近、キューバ勢と米国勢の「国交正常化」で再び脚光を浴び始めた感のあるこの地域だが、実はこの地域を押さえることが、とりわけ米国勢との関係で大きな梃子になることを、戦後日本に生きる私たちは全く知らない。しかし、かつてトニー・マシューズ(Tony Matthews)が名作”Shadow Dancing”でその研究成果を詳細に発表したとおり、戦前・戦中期の我が国は中南米勢に積極的かつ密かに拠点を構築し、そこで敵国・米国勢の情報をつぶさに入手していたのである。そうした「伝統」は、高度経済成長期まで続けられた「ぶらじる丸」「あるぜんちな丸」による我が国からの大量移民の背景事情が何であったのか、ということを考察すること以外には全くもってその片鱗すら感じられなくなってしまっている(ちなみにこうした南米勢への我が国の大量移民が、現地において尊敬される「日系人コミュニティ」を創り上げており、そのことが今後、大きな役割を果たすことになると言う点をここであらかじめ指摘しておきたい)。

そうした“惨状”であるからこそ、ましてや私たち日本勢は現在の中米・カリブ勢がどうなっているのかなどといった関心を抱くことはほぼ全くないのである。実は今回の会合では最もハイライトされていたのが何と「ニカラグア勢」なのであった。そう、あの反体制共産ゲリラとの武装闘争でしられた国であり、かつその後、レーガン米政権(当時)を揺るがすことになる「イラン・コントラ事件」の一つの舞台になった国である。ところがそのニカラグア勢こそ、各種統計を見れば一目瞭然なとおり、エマージング・マーケットとしてこれからまさに“来る国”として自らを”喧伝“し始めているのである。そうした様子を見て、私は深い感慨を覚えざるを得なかった。

なぜならば、正にこうしたニカラグア勢を巡る過去と現状こそ、米欧勢の統治エリートが意図的かつ営々と行っている「上げては落とし、落としては上げる」というグローバル・マクロにおける鉄則としての“復元力の原則(ルシャトリエの原理)”そのものを指し示すものだからである。そして今正にこの瞬間にカナダ勢でこのことが披瀝されているということは、もはや米欧勢の統治エリートたちの間では常識となっていることを意味し、かつ昨今の中国勢によるこの地域への積極的な投資の動きを見ると、これがいよいよ確定的になり始めたと感じざるを得ないのである。そして我が国の大手企業たちを筆頭に財界関係者が「これからは中米・カリブ勢だ」とほどなくして叫び始めるのではないかと愚考する次第だ。無論、その時、米欧勢はとっくのとうに売り抜けているわけだが。

昨年(2014年)のモントリオール会合との比較でもう一つ気になったのは、あの時はあれほど「これからはシェールだ」と叫んでいた御仁たちが一切消え、エネルギーについては今一つ精彩を欠いた議論が展開されていた点であった。率直にいうならば「シェールについては触れるのを止めよう」という暗黙の了解があるように見受けられ、「シェール(shale)」という単語に代わって「エネルギー源の多様化(diversification)」という語が連発されていたことを指摘しておきたい。他方でこれからエネルギーの世界で何が“来る”のかという問いに対しては、「これまでは一方的に需要者であるに過ぎなかった消費者たちが、太陽発電と精巧な蓄電池のおかげでエネルギーの生産者ともなり、エコシステムの立役者になることだ」という発言が相次いだ点である。デフレ縮小化だからこそ、経済主体を極力数多くし、その分、取引数を増やすことで何とか景気低迷を抑え込みたいという米欧勢の統治エリートたちの基本戦略がここでも見え隠れするというわけなのだ。

そうした中でそれではこれからの世界経済をけん引するのは何かと問われ、カナダ勢が大声で連呼していたのが「デジタル化(digitalization)」の深化であったことは実に興味深い。だが米国勢とは全く異なり、そこでカナダ勢(=ユダヤ勢=アシュケナージ勢)は「人口知能(AI)が人類社会を制する」などとは決して言わないのである。ましてやビッグ・データ(big data)についても同じであり、「世界では今、ビッグ・データの容量が毎秒2倍になっているが、その中で使い物になるデータは5%あるかないかだ」という冷静な指摘が相次いでいた。それに加えて、「技術革新は必ず失業を生む。これからは自動運転の自動車が普通になるわけだが、そうなると運転免許証発行の関係当局の従業員から始まり、自動車保険の販売会社の社員にいたるまで、大量の失業者が出てしまう。これをどうするのかが課題となってくる」といった具合に、複眼的かつ冷静な発言が繰り返されていたことも非常に印象的であった。

ユダヤ勢=元イスラエル勢=アシュケナージ勢が集結するこの街・トロントのあるオンタリオ州は、デジタル・コンテンツの総合的な開発とその全世界に向けたマーケティングに力を入れていると聞いた。その際、基本的な発想としてはITによって何か新しいものを創り出すというよりも、ゲームや音楽といった五感をフル活用する環境をデジタル化によって創り出す中で、科学理論による裏付けをベースに効果的な教育活動を行うための各種コンテンツが集中的に開発されているのが特徴的なのである。

我が国でもイーラーニングの普及に向けた努力はこれまで何度となく繰り返し見られてきたが、正直あまりうまくいっているとは言えないのが実情だ。その背景にあるのが「イーラーニングは本当に効果的なのか」という根本的な懐疑感なのであり、実際問題として直観的に(=科学理論の裏付けなく)大量生産されているのが我が国のイーラーニング業界における現状であるとも言えるのだ(例えば「有名人」講師が気ままに話す講義をそのまま収録して流す、など)。これに対してカナダ勢におけるそれは、人間の五感がどのようにすればフル回転し、その結果として学習効果が最も上がるのかをひたすら探求するのが基本的な姿勢であると見受けた。かつそうしたITヴェンチャー各社による努力を産業クラスター的にとらえ、オンタリオ州として後押ししているというのだから強力だ。「ユダヤ的なるもの」が持つ爆発的なマーケティング能力に後押しされる形で今後、その成果が全世界に向けて飛び出していくのは時間の問題なのではないかと直感した。

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いずれにせよ、戦後日本を律してきた「米国勢」がいよいよその役割を終え、縮小化の運命に向かい始めるからこそ、「米州(the Americas)」は複眼的にとらえなければならない。そのことを、五大湖のほとりで余りにもすがすがしい風を頬に受けながら、今回痛切に感じた。世界史は、着実に、そして音を立てて動いている。地球の裏側がで、今日も。

 

2015年7月11日 ワシントンD.C.にて

原田 武夫記す

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