『収入に関する一考察。』 – IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 – haradatakeo.com
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『収入に関する一考察。』

世間ではクリスマスやら、新年やらと騒がしいわけですが、私個人としては(特定の文脈を別とすれば)これらに全く関心はないわけです。なぜならば、正直いうと2007年頃より、状況は全くもって「臨戦態勢」が続いているからです。そしてそれは2012年から更に厳しいものになっている。そういう中で「祈る」ことを別とすれば、特に祝祭やらなにやらという気分では全くないわけです。
 
それよりも大変気になるのは、ここに来て「働き方改革」なるものを我が国政府が妙に言い出しているということ。霞が関時代には月間240時間(!)の残業時間をマークしたことがある私からすれば、まずはこういうものを立案させられる霞が関の住人たち(官僚たち)から「働き方を改めてくれ」ということになるわけですが、それはそれとして、想うことがあります。
 
それは「さりとて、収入によって私たちの意識は明確に分けられるし、また意識の持ち方によって収入は大きく変わる」ということです。今の「働き方改革」は要するに時短をして、とりわけこれまで就業機会に満足に恵まれてこなかった女性たちに活躍してもらおうというもの。でも、これは本末転倒なわけです。なぜならば男性たちが十分に稼ぐことが出来れば、パートナーである女性たちは私の言っている「躾」、すなわち時間の整理・空間の整理にパートナーである男性たちのためにも励むこと・学ぶことが出来るからです。これが我が国古来の在り方です。それが今、破壊されつつあるということに、まずは気づいた方が良い。
 
では、収入別でどう意識が違うのでしょうか。大きく分けて、現状、次のカテゴリーがあります。

―年収200万円まで

―年収600万円まで

―年収2000万円まで

―年収5000万円まで

―年収5000万円~1億円まで

―年収1億円以上

私が日本中で様々な人士にお会いしてきて出した結論です。順を追って書いて行きましょう(無論、「健常者」の方を前提にしています。あしからず)。
 
まずは年収200万円まで。これはもう「生存競争」です。生きるためのギリギリの所得しか最終的には手元に残りません。正直言うならば、仕事を止めて生活保護を(かつてならば)得た方が良いレヴェルです。ここから脱するにはどうすればよいのか。「勉強すること」です。機会がこれまで無かったと他人を責めてはなりません。図書館もある。ネットもある。継続的に「知識」を積み上げていく手段は山ほどあるのです。今や我が国において這い上がるには高度な知識社会になっている以上、それをよじ登る「知識」が必要なのです。「勉強」しましょう。それしかありません。それが嫌であれば、このレヴェルに甘んじることです。ただし、人生は長い。
 
次に年収600万円まで。まずこのレヴェルが怖いのは、パートナーがいると、併せて(当たり前ですが)2倍。それなりに収入があるように思えてしまうことです。しかしそれは大きく間違っています。なぜならばパートナーそれぞれが常に同じレヴェルを保つことの出来る仕事を継続して出来るとは限らないからです。そうなったとたんに、それまでの消費性向を変えられませんから、危機に陥ります。都内などで事務職に就いている人、あるいはメーカーであればそれなりの役職の方でもこのレヴェルです。しかしこのレヴェルが「危機」だと気づかないのは、我が国のマーケットがこの「貶められた中間層」をメイン・ターゲットに設定されているから。「みんな同じだよ」と思ってしまうので、それ以上の上昇志向が出てこないのです。

しかしこのレヴェルこそ、実は「ラット・レース」であることに気づくべきです。それではどうすれば良いのかといえば「与えられている枠の外側があること」に徐々に気づくと共に「時間の整理・空間の整理」を密かに始めることです。実際には、自分たちがやらされていることの「向こう側」にこそ本当の付加価値の源があるということ(誰かがそれをとっている)。そして体調を整え、住む場所・着るもの・食べるもの、について意識を持ち始めることです。そして何よりも「このレヴェルを抜け出そう」という強い意識を持つことによって、路を探し始めることです。そうした者にだけ、いよいよ路は開かれ始めます。シンクロにシティが意識を変えるチャンスを1回なりとも与えてくれるのです。それをつかみとること、です。

そして3番目が年収2000万円まで。都会のサラリーマンであれば「勝ち組」そのものです。管理職にはついているでしょうし、大会社にも勤務していることでしょう。あるいは勤務医であったり、弁護士・会計士など、資格職でも仕事が成功されているはずです。その結果、必ずや男女ともに放蕩な生活に入り始めます。それを「豊かさ」「人生の目的」と誤解しています。

しかし、ちょっと待って下さい。独立していない方であれば、それは要するにリスクを自らとっていないことから、誰かもっと上の連中が多くをとった後を分けられていることに過ぎないということに気づくはずです。与えられた枠組みの中で、単にラット・レースを真っ先に抜けたように見えて、実はそのラット・レースの次を続けているに過ぎないのです。この段階で「時間の整理・空間の整理」をしていないと、間違いなく中年期の「放蕩」がたたり、男性であれば50歳越えをせずに命を失うことになります。自然(じねん)が淘汰に入るのです。また体よく「定年」を迎え、意気揚々と第二の人生を個人の名前で過ごそうと思った瞬間に冷厳な現実に気づくことでしょう。すなわちご自身の「(世界にたった一つの)名前」では何も行えないことに気づくのです。そう、皆さんは単に「枠組みの中での優等ラット」に過ぎなかったからです。その結果、下手をするとアイデンティティ・クライシスに陥ります。

独立している方であれば、ここを抜けるために必要になってくるのが「組織」です。皆さんのレヴェルでは、リーダーシップ(枠組みを新たに自分の手で作り出すこと)、そしてマネジメント(その枠組みを執行すべく、フォロワーのために時間の整理・空間の整理をしてあげること)が出来ていないのです。そのことに早く気づき、勉強をしなければなりません。そうでなければ、有資格者であればあるほど、単に低レヴェルのラット・レースで優等であるに過ぎず、最終的にそこそこの放蕩がたたって、体を壊し、廃人になります。「他者ためにどの様に尽くすことが出来るのか」を考え始めてください。そして考えるだけではなく、実行し始めてください。そこから全てが始まります。
 
4番目は20005000万円まで。このレヴェルは個人として超「出来る」レヴェルです。組織もおそらくは周りに出来上がり始めていることでしょう。レストランに入ってもメニューで値段を見ることはありません。たぶん、それまでの100万円が10万円に、10万円が1万円くらいに想えるはずです。1000万円の買い物ならば「ちょっと考える」けれども、10万円を彼女にあげるのは何らのためらいもないのではないでしょうか。

しかしそれが罠、なのです。なぜそこまで稼げるのかといえば、間違いなくやればやるほど出来てしまうので、24時間働いているからなのです。そうであるが故に、本当のこのレヴェルに達するまでに意識をもって「時間の整理」「空間の整理」をしなければ、間違いなく男性なら50歳を超えることは出来ません。仮に越えることが出来ても、その体はボロボロになっていることでしょう。

それでも「上に行きたい」というのであれば、これらの修養に加え、もう一つやるべきことがあります。それはより一層「謙虚」になることです。他者に比べて圧倒的に有意・優位であることは明らかなわけですから(陽であるということ)、だからこそマネーや地位(陰の典型)がそれを補うために自然(じねん)から与えられるのです。ところがそこに更に飛び出すためだけの努力をしたらどうなるのか。一気に強烈な陰が襲ってきて吹っ飛ばされます。むしろ謙虚に、引っ込むことによって、むしろそうした事態を防げるということを学ぶべきです。「目立たずに、しかし正しいことをやる」という道は何かを学び始め、実践し始めるべきです。そのための師を求め、学び始めるべきです。その様な意識をあなたが持てば、必ずや師匠が現れるはずです。

5番目は5000万円から1億円まで。このレヴェルになるともはや仕事はそれまでに創り上げてきた「仕組み」がやってくれますから、属人的ではなくなっています。リーダーシップやマネジメントについても修養し、だからこそ、ご自身の考えをしっかりと体現する働き手としてのフォロワーがいることでしょう。しかしまだまだ盤石ではないことに早く気づくべきです。

そう、「上には上」がいるのです。それはこの世にはその根底を成している「根源的な階層」が存在し、その織りなすネットワークによってこそ、全てが支えられていることに早く気づくべきなのです。そうした方々から見れば、残念ながらあなたは未だ、「無知なラット」に過ぎません。根源的な階層の発想、生き方、身のこなし方、話し方などは全くもって私たちとは異なります。そしてそれを営々と、代々引き継いで実践しているところに大きな特徴があります。要するにがむしゃらに働いたり、あるいはしゃにむに他人を押しのけたりするようなこととは無縁なものがあることに、早く気づくべきなのです。

意識を持てば、必ずやこうした「根源的な階層」の方々とのご縁が出来るはずです。シンクロニシティがそうした選ばれし者をつなぎ合わせてくれるからです。そしてその時必要なのが、こうした「根源的な階層」において最大のルールである、恩義について考えるだけではなく、実践すること、なのです。頂くこと、ではなく、与えることこそ、実は最も「楽になるための手段」であることに気づくべきです。「喜捨の精神」が人生の本質であることに気づかなければなりません。そしてそれを徹底することが、かえって自らの優位性をあえて低減させ、圧倒的な陰(地位・お金)が安定して入って来ることに気づかなければならないのです。
 
そして最後に1億円以上。もうあなたには怖いものがないように見えるかもしれません。なぜならば仕組みは一通り完成し、あなたが何をしていても、マネーは次々にその手の中にあふれかえって来るからです。この世が終わらなければ、その状況は基本的に続くことでしょう。またこのレヴェルに持続的に(=30年以上)達しているのであれば(俗にいう「一攫千金」は全く別です)相当なレヴェルで、時間の整理・空間の整理もされていることでしょうし、リーダーシップ・マネジメントもほぼ完ぺきであるはずです。そしてかなり質素な生活をされることによって優位性をあえて削ぎ、だからこそその静けさの中に入り込んでくる「陰(マネー、地位など)」に誰よりも早く気づき、それを得ることが出来るはずです。もう何も望むべきことがないようにも思えます。

しかし、違うのです。あなたが今、そうなったからこそ行うべきことがあります。それは他者のために「自分が想ったからこそ、現実がその様に動く」という力を使い始めることです。思念が自然(じねん)と合一すること、そのための修養をするのと同時に、他者を上げて落とす(繁栄させて、騒乱に貶める)ということによってだけ手にしてきた「富」が血塗られたものであることに早く気づくべきなのです。そうではなくて、とりわけ今この瞬間に生まれ出る命たちのために、どの様に安寧で中庸な世界を創り上げていくことが出来るのか、という一点に集中して想いを込めるべきなのです。そしてその想いが具体的なイメージにまでなった瞬間に、一気呵成に動くべきなのです。その時・・・あなたは自らが「根源的な勢力」の一員になっていることに気づくことでしょう。
 
いかがだったでしょうか?「上には上がまだいる」のです。「働き方改革」などとお仕着せがましく誰かに言われるべき事柄ではないということにいち早く気づいたものが、次のフェーズに進めることが出来ます。あくまでも「こうであること」の根源的な要因は他でもない”己“にあるのだということ。他者に責任を求める「他責」ではなく、己に全ての原因を求める「自責」へと切り替えることによってこそ、全てが始まります。
 
そして・・・その様に一歩を踏み出すあなた、必ずどこかで誰かが見ています。その「誰か」が皆さんの人生の次のドアを開いてくれるのだ、気づきを与えてくれるのだということ。そう思うと、人生捨てたものではない、と思えませんか。

合掌。

20161226日 

東京・丸の内にて

原田 武夫記す

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