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2016年01月17日 #

他には何も要らない。 (連載「パックス・ジャポニカへの道」)

 

 

株価が乱高下している。原因は大きく分けて二つ。「中東情勢」と「中国情勢」だ。マスメディアの報道を見ていると、「リーマン・ショックの再来か」などと書きたてている向きもいる。これではただでさえ少なくなっている個人投資家人口(10年前には我が国で約2000万人であったが、直近では約1200万人程度)が更に少なくなるだけだろう。

こうした状況になると不安になるという気持ちはよく分かる。特に情報リテラシーに乏しい個人投資家のレヴェルになると、「一体何が何だか分からない」というのが率直なところであるはずだ。そこで今回は、そうした皆様のために「頭の整理のお手伝い」をさせて頂ければと思う。

今起きていることの本質。それは新世界秩序(New World Order)への転換である。結局のところ、何が起きても変わらない我が国(そこが実は良いところなのだが)にいるとなかなか実感が湧かないかもしれないが、今起きていることの本質をズバリ一言でいうならばそういうことだ。もっともそう言われてもなかなか分からないと思うので、もう少し具体的に言うと「国際基軸通貨を巡る秩序が変わる」ということなのだ。米ドル一本やり出会った状況が変わり、これに中国勢の通貨「人民元」が加わることになる。

思うに、いわゆる「グローバル・ビジネスのやり手」を自称されている我が国のビジネス・パーソンであればあるほど、この極めて本質的なことを見落とされているようだ。先日も横浜で企業支援という意味でお客様になるかもしれない方と面会したが、そのアドヴァイザーと名乗った監査法人出身の方と会話した際が正にそうだった。聞くと未だにエマージング・マーケット勢への投資を云々と言っている御仁の様であり、「モンゴル中央銀行に現地通貨で預けると10パーセント以上の利回りがある」などと述べていた。これに対して私の方からは「今起きているのは国際通貨秩序の転換。大きく言えば日本円と米ドルが振り子であった構造が、米ドルと人民元との間のそれ入れ替わる。だからこそ米国勢で資産を増やしながらも、稼ぎは中国大陸で確保し、かつ拠点は我が国において日本円建てで資産を整える必要があるのだ」と述べたらばキョトンとされていた。全く何の話をしているのか分からないという様子だったので、無意味であると判断し、そこで会話を終えることにした。

今の乱高下もとどのつまり、このことに関連しているのである。1月に入りあらためて中国勢を巡り「混乱」が”演出“されているが、これについてロンドン・シティの広報担当官とでもいうべき人物は中央銀行・公的資金機関の関係者に向けたメール・メッセージの中で端的に言うとこう述べていた:

「今起きている乱高下は、中国人民元が国際基軸通貨になっていくプロセスの中で必然的に起きていること。逆に言えばただそれだけのことである」

こうした事態がなぜ起きているのかについて、私はかねてより分析を提示してきた次第である。私たちが現状を見て非常に訝しく想うのは、「ユダヤ勢を本質とする米欧勢が国際金融・経済秩序を創り上げたのであって、これに新参者である中国勢が一生懸命加わろうとしている」という認識をベースにしていることによる。しかしこれは根本から誤っている。

真実はむしろ逆なのである。国民国家としての中国勢ではなく、華僑・華人ネットワークという国家を超えた存在が中「夏」文明(中「華」ではない)の本質なのであって、8000年前から続くその流れの延長線上にユダヤ勢や米欧勢があくまでも「後発」として加わったに過ぎないのである。したがって人民元を今になって国際基軸通貨に押し上げようという試みは新参者によるチャレンジではなく、むしろ根元であって本質的な存在が元来自ら担っていた役割を取り戻しにかかったというのが正しいのである。

無論、そうすることはこれまでの構造の中で既得利権を享受していた階層からするととんでもないことなのだ。絶対に認められないのであって、米ドルを中心に据えたブレトンウッズ体制を死守しようと躍起になってきた。あるいはそもそも太陽活動の異変が予知できた段階でそれが気候変動をもたらし、「寒冷化」(北半球の北極圏以外では「温暖化」ではない)によって最終的にデフレ縮小化をもたらすことが分かったので、紙幣を刷り増し、インフレ誘導を極端な形で行って来たのである。そしてそうやって始まった金融資本主義(financial capitalism)の主は自分たちの方であるかのような顔をし、中国勢をも含む諸国勢をエマージング・マーケットと呼称し、「指導されるべき存在」と銘打ったのだ。

だが、そんなことは華僑・華人ネットワークの側で先刻分かっているのである。現在の米欧勢中心の国際秩序は実のところ、その基層にあって華僑・華人ネットワークと友好関係を気付いてきた人士ではない、「新参者」の米欧勢によって成り立っている。華僑・華人ネットワークの側はこれに対して、そうではない、米欧勢のより根元的な勢力と友好関係を結んでおり、調子づいてきた「新参者」たちを駆逐しようとし始めているというわけなのだ。

華僑・華人ネットワークの武器は「債権債務関係」である。最終的には公開されてしまうかもしれない支配関係としての「株式」ではない。しかも最初の段階での「融資」は決してすぐさま返済を求めなどしないのである。「まぁ、お近づきの印に持っておいてください」と笑顔で言う。貸された側は「それでは返さなくて大丈夫なのだな」と思ってしまい、債務をそのままにしつつ構造を構築していくというわけなのである。

その典型がブレトンウッズ体制だ。教科書的にいうと、ブレトンウッズ体制とは英国勢が掲げる「ケインズ案」と米国勢が掲げる「ホワイト案」が激突し、結局後者が勝利する中、米ドル中心の国際通貨体制が出来たということになっている。無論、これは真実なのだが、正確に言うとその一断面でしかないのである。

なぜならばこのブレトンウッズ体制を決めた国際会議(ブレトンウッズ会議)には当時は「中華民国」という名前を名乗っていた華僑・華人ネットワークが大規模な代表団を派遣していたからである。そして大所は米英勢が決めたことにしつつも、その細目を決める分科会のほとんどを仕切り、かつブレトンウッズ体制成立にあたっては巨額の拠出すらしているのである。大変興味深いのは、この時にどういったやりとりをしたのか、何を本当は決めたのかについて記しているはずの「中華民国代表団議事録」は依然として対外非公表であり、かつ国共内戦の中で中華人民共和国の側にわたり、現在はそこで保管されているという点なのだ。現状では、上海勢を支援すると言う形でそこへの浸透に躍起になっているロンドン・シティ(City of London)勢を相手に、ほんの一部が公開されているに過ぎない。

しかしこれでお分かりになるのではないだろうか。グローバル社会を跋扈している勢力の中でいずれが「主人」であり、「下僕」なのかということを。ある秩序の根底にあって、それを創り出すマネーを出し、かつ本当の意味で秩序を動かす細目のルールに眼を光らせた方が「主人」なのである。決してそうは見せずに見てくれが良い連中(good faceな勢力)を立てて、表向きやらせればよいのだ。物事がうまく行っている間はそれでよく、「主人」自らは昼行燈を決め込んでおく。むしろ表向きは真逆のことをし(中国の「赤い星」)、あたかもマーケット、そして資本主義を放棄してしまったかの様に見せかける(「文化大革命」)。

もっともいざとなると、すっかり態度を変えるのだ。外部環境が完全に切り替わることが分かるや否や、「下僕」でありながら「主人」であるかのようなふるまいをしてきた者たちを一斉に追い払うことになる。外部環境の変化とはとどのつまり、「太陽活動の激変」とそれをベースとした「気候変動」だ。それに適合的な形へと人類を導き、同時に自らはそこで再び「主人公」の位置を占め続けることができるよう、新世界秩序の形成に励むというわけなのだ。

ブレイクダウンして言うとこういうことだ。まず、ブレトンウッズ体制は壊されなければならない。何のことはない、1944年に本当は決められているルールに則り、華僑・華人ネットワークがその時に貸し付けた「元本」をそこから引き出せば良いのである。無論、「下僕」でありながらも「主人」を振舞って来た勢力は一斉にこれに反対するはずだ。少々厄介だが、しかし「貸したものは返す」のが世間様におけるルールなのである。どうしても言うことを聴かないということであればやむを得ない、実力部隊をもって闇から闇へと動くまで突くだけのことだ。

同時に華僑・華人ネットワークが装っていた「中国勢」、すなわち中華人民共和国という「国民国家」ももはや不要であるので解体されなければならない。元来がファミリー単位で行動しており、その緩やかな連合体で運営されているのが華僑・華人ネットワークなのである。必要があれば実力装置としての中国勢は残すが、そもそもそんなものは彼らにとってどうでも良く、脅威でもないのである。もはや意味が無いと判断すれば、すぐさま壊せば良い。

さて、「下僕」の側、すなわち米英勢という名前でその実はユダヤ勢、の側はどうであろうか。無論、自分たちがさんざん甘い汁を吸って来た既得利権構造が壊されるのは困るのである。何だかんだと言ってはその実、あらかじめ仕掛けた時限爆弾を次々に着火させることで華僑・華人ネットワークを追い込み、封じ込めようとする。

そのための手段が中東勢であり、かつイラン勢を巡る処遇なのである。華僑・華人ネットワークが秩序転換を狙って徐々に中国勢の「資本主義化」を始め、エネルギーを必要とし始めた1970年代末になって、いきなりイラン勢を封じ込め始める。その一方で暗に中国勢が結果としてイラン勢に原油依存するように持ち込んでいくのである。その結果、否応なく中国勢は中東勢における地政学リスクへと直結することになってしまう。

他方で「気候変動」の議論を轟然と始め、中国勢による原油消費を抑え込もうともするのである。始まったばかりの経済発展を止めたくはない中国勢は当然、むしろこれに反発し、外へ外へと出ては原油、そして資源の確保に励むはずだ。その結果、中国勢は特に中東勢、更には北アフリカ勢へのコミットメントを強くしていく。

そしてある段階で中東勢に対して一斉に火を放つのである。イラン勢をあえて「西側社会入り」させ、宗派の違うサウジアラビア勢をしてイラン勢を叩かせるのだ。そして結果としてこの戦乱がイスラエル勢=アシュケナージ勢にも及ぶようにすることで、中東勢は火の海になりかける。経済発展のため、この地域へのコミットメントを強くしてきた中国勢も当然、こうした濁流に巻き込まれてしまうかのように見える。

だが、ここで万策尽きてしまう華僑・華人ネットワークではないのである。実は次の一手をちゃんと用意してある。中東勢が火の海になりかける中で高騰するのが原油価格だ。ブレトンウッズ体制を終焉させるためにそこから引き出したカネをもって、原油マーケットで炬万の富を創り出す。そして既に自らのカネを「債権」と言う形で突っ込んである世界中の諸国勢へとそのカネを分配しつつ、これをもって秩序転換へと協力すること、さらにはその意味での「平和」へとコミットすることを誓わせるのである。その結果、ある段階で中東勢における地政学リスクの“炸裂”は何事もなかったかのように消えてなくなってしまう。そして本来の姿がグローバル秩序の中でもくっきりと浮かび上がり始めるのだ。「主人」としての華僑・華人ネットワークが「下僕」であるユダヤ勢=米欧勢を引き連れているという構図である。

もっとも以上の移行期が完了するには明らかにやや時間がかかる。したがって事が収まるまでの間、虎の子の資産を置いておく必要があるのだ。華僑・華人ネットワークも、そしてユダヤ勢も、である。そのために用いられるのが他ならぬ我が国なのである。既にマネーは静かに、静かに注入され始めているが、やがて我が国でそのマネーは溢れんばかりとなり、史上空前の資産バブルを発生させ始める。為替レートは当然、円高基調となっている。しかしそれでもとにかく凄まじい円建ての資産が構築されるため、我が国の資産バブルは一気に加速し始めるのである。

そうである以上、これまで「円安誘導に伴う資産バブル」という前裁きをしていた者たちは去らなければならない。選手交代によって人心を一新し、もって「円高基調による資産バブル」への移行を促すためである。残念ながら、安倍晋三総理大臣の命運はもはや決まっている。盤石を期そうとしたところで無駄な努力なのである。天王山となるのが、今夏に予定されている参議院選挙、そしてそれに伴って行われることになる総選挙だ。その直前に起きる「何事か」によって自民党は歴史的な敗北を遂げかねない状況となる。安倍晋三総理大臣とその一派は当然、その責任を問われ、辞任することになる。新しいリーダーが選ばれる中、かろうじて自民党政権は続くものの、これまでと政界秩序はがらりと変わり始める。

ここで大切なのは、果たして我が国は華僑・華人ネットワークとの関係において「受け身」な存在なのかということなのである。こういうことはないだろうか。―――ブレトンウッズ体制において「主人」だと思われがちなユダヤ勢こそ「下僕」であり、「下僕」であると考えられている中国勢こそ「主人」なのである。それと同じようにこれからの新世界秩序の「主人公」が仮に華僑・華人ネットワークだとして、それとの観点で「従属変数」に過ぎないのが日本勢だと考えられている”社会通念”が実は真逆だということはないだろうか。「昼行燈」を装いながら「主人公」であるのが我が国の本当の”権力の中心“なのであって、むしろそれと同族でありながら「従属変数」なのが華僑・華人ネットワークであるとするならば、世界史は全く異なるものに見えて来る。その意味で、私はこれから起きることを考えるカギは普段全く語られることのない「天皇家の姓」にあるのだと考えている次第である。

「大所はよく分かった。ではどうすれば良いのか」

そんな声が聞こえて来そうだ。だが、ここまでのことが分からない限り、小手先で動いても意味がないのである。定量分析上明らかになっているのは、数年に一度起きる金融マーケットにおける大幅な調整で「損切り」をしてはならないということなのだ。個人投資家のレヴェルではそれをしてしまうから常に資産を失う側に立ってしまう。そうではなくて、結局のところ世界史はどちらに向かうのか、その根底において何が起きているのか、について静かに理解し、そのままのポジションでいれば良いのである。これが今求められている態度の第一だ。

そして第二は、そうはいっても選定はしなければならないという点だ。新世界秩序への転換の中で安全な逃げ場所(safe haven)として求められているのが我が国なのである。その経済・金融指標となっているのが株価である。我が国そのものの株価の指標である「日経平均株価」ないしは「東証株価指数」へのコミットメントが望ましい。なぜならば今後、ややあってから怒涛の如く実は既にマネーが我が国に注入されていることが分かり、これらは急反転するからだ。もっともそれだけではリスク度は減らないのであって、上述のとおり、華僑・華人ネットワークが秩序転換のためのツールとして用いる原油価格とその周辺にある商品(コモディティ―)価格へのコミットメントが不可欠である。

加えて最後に求められるのが、これら金融マーケットにおける態度・対応とは全く別に、「金の成る木」すなわちキャッシュをもたらしてくれる生業(なりわい)をしっかりと持つということだ。ここで誤解してもらいたくないのは、「勤め人」として誰かが仕事(雇用)をくれるのに依存することはこの意味での「生業」には入らないということだ。自分自身の足で立ち、自分自身の手でゼロから価値を創り出すこと。その意味でのアントレプレナーシップこそ、今求められていることなのである。激動の中での最大のリスクヘッジ。それは富を創り出すレヴァーを自分自身だけで持つことであり、かつその成果を100パーセント自分だけのものにするということに他ならない。そして今後も続く激しいヴォラティリティの中で、自分自身の手で創り出したカネを「底値」となっている金融マーケットへと流し込めば、新世界秩序が構築される暁に、いよいよ自らの立ち位置もランクアップしているというわけなのだ。

結論。「我が国の株価指数へのコミットメント」「商品(コモディティー)へのコミットメント」そして「誰にも頼らずに自分自身で富を生み出すという意味でのアントレプレナーシップ」。この3つを励行しながら、華僑・華人ネットワークとユダヤ勢が織り成す壮大な物語を、その“結論”を知りつつも、しかとその目で見守っていくこと。これが幸せな我が国に暮らす私たち日本勢に今、求められていることの根本なのだ。その姿はあたかも、かつて江戸時代に「清」(=華僑・華人ネットワーク)と「オランダ」(=ユダヤ勢)にだけ長崎・出島で交易を許した先人たちの知恵にも相通ずるものがある。他には、何も要らない。

2016年1月17日 東京・仙石山にて

原田 武夫記す

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