「歴史」はオーストリア勢から変わる~またしてもそうなるのか?~ (IISIA研究員レポート Vol.61) - IISIA 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所 - haradatakeo.com
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「歴史」はオーストリア勢から変わる~またしてもそうなるのか?~ (IISIA研究員レポート Vol.61)

「歴史は欧州勢、なかんずく中欧勢から転換する」とのアノマリー(法則)は、世界史を学んでいれば自ずと認識できるのではないか。近代以降の国際秩序の基本的な枠組みが欧州勢を中心に形成されてきたことを考えれば当然の帰結であるが、他方で、現代においては、「世界の警察官」として登場した米国勢の動向や、中国勢を巡る問題、ブレグジットした英国勢の動きなど、国際秩序の焦点は大西洋、インド太平洋にシフトして、ともすれば、かつて世界の中枢にあった欧州勢、なかんずく中欧勢、東欧勢の動向は、特に我が国においては蔑ろにされがちという感を否めない。

そうした中で、先月(2021年10月)、オーストリア勢で大きなニュースがあった。セバスティアン・クルツ首相が去る10月9日(ウィーン時間)、辞任を表明したのである。クルツ氏が国民党党首になる前の2016年から、同氏に有利になるよう改ざんされた世論調査の結果を伝えたメディア企業に対して、財務省の調査予算から謝礼が支払われていた、との疑いが持たれているという(参考)。後任は外交官出身のアレクサンダー・シャレンベルク欧州・外相で、アレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領により、去る10月11日に任命された。

(図表:首相を辞任したクルツ氏)

(出典:Deutsche Welle

クルツ氏は、「容疑はすぐに誤りだったことが分かるだろう」と疑惑を明確に否定しているが、昨年(2020年)から国民党と連立を組む「緑の党」は、クリーンな政治を党是としており、このような疑惑があるクルツ氏にはもはや統治能力がないとみて、野党提出の不信任案に賛成する意思を示していた。一方、国民党内にもクルツ氏の首相辞任を求める声が上がっていた。結局、クルツ氏は去る10月9日に記者会見を開いて、「疑惑には根拠がないが、混乱を招かないため」として、首相を辞任した。

クルツ氏は、4年前の2017年、31歳の若さで欧州勢最年少の国家指導者となり、欧州勢における「保守主義の未来」として歓迎されていた。わずか数週間前、アンゲラ・メルケル独首相のキリスト教民主同盟(CDU)も、去る9月の連邦議会選挙における同党の歴史的敗北後の声明で、目指すべきモデルとしてクルツ氏を賞賛していたという中での今回の辞任劇である。ブルームバーグは、クルツ氏の辞任で、欧州勢の保守派は勝利モデルを失い、さらに漂流していくことになるとしている(参考)。

また、去る10月26日(ウィーン時間)には、オーストリア勢のザルツブルクで「ナチス勢」を想起させるポスターが掲げられるなど、不穏な動きがみられている(参考)。

(図表:ナチス勢が好んで使用したジーク・ルーン(ルーン文字)が
使用されているポスター)

(出典:VIENNA.AT

モーツァルトの生地であり、世界でもっとも高級かつ注目を浴びる音楽祭が開催されているザルツブルクは、地理的にも精神面でもオーストリア勢の中心地とされているが、その同地でこうした不穏な動きがみられるのは、「保守派の漂流」とでもいえる現況をよく表した事態ともいえよう。

去る1929年に発生した世界恐慌の原因は、と問えば、多くの日本人は「ウォール街における株価の大暴落」と答えるであろう。教科書的にはそれが正解であるが、実際には、その後、オーストリア勢の銀行クレディタンシュタルトが破綻したのを契機に、金融パニックの波が中欧勢に飛び火し、ドイツ勢のダルムシュタット銀行やドレスデン銀行などの大銀行の破産へとつながっていったのである。まさに、オーストリア勢での危機が、1930年代の世界大恐慌へと拡大していく重要な転換点となったのである。この恐慌の渦中から、危機脱出のために金融資本の暴力的独裁形態としてのファシズム、すなわちナチス勢が台頭したという点も忘れてはならない。

(図表:クレディタンシュタルトの元本社、現在はスーパーマーケットとなっている)

(出典:Salzburger Nachrichten

またその後、勃発した第二次世界大戦の直接的な原因も、オーストリア勢、すなわちハプスブルク家のフランツ・フェルディナント大公が暗殺されたサライェヴォ事件であることに鑑みても、やはり世界史の転換点を見極める上で、旧ハプスブルク帝国内でのこうした「民族主義・国家主義」とでも言うべき動向には、敏感にならざるを得ない。

欧州勢の歴史的な転換は、近代以降、この旧ハプスブルク勢によって生じてきたという要素が強いことをあらためて認識した上で、中欧勢から次に向けてのネガティブなインパクトがいついかなる形で生じるのか。見過ごされがちな中欧勢の動きも引き続き注視していかねばなるまい。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

原田 大靖 記す

前回のコラム:ジョン・ソーントンとは何者か ~米中「グローバル共同ガヴァナンス」の真相~ (IISIA研究員レポート Vol.59)

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